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『下町ロケット』『陸王』日本で働く技術者のリアルな精神を反映(オンライン日本映画祭2024 配信作品)

Interview

2024/06/12

2024年6月から開催される「オンライン日本映画祭 2024」。日本の映像作品を海外の人たちに広く見てもらうための本映画祭に、今回初めて日本のテレビドラマ作品が取り上げられる。日本の中小企業で働く人々の、仕事に対するこだわりと情熱を描き出し、日本で幅広い層の人たちから大きな支持を獲得した『下町ロケット』(2015)と『陸王』(2017)だ。

両作は日本のテレビ局、TBSで日曜の21時から放送。この放送枠では『半沢直樹』(2013)で社会現象ともいえる記録的なヒットを生み出し、その後の『下町ロケット』と『陸王』も人気を博した。3作品すべての演出を手がけたのは、同局の演出家である福澤克雄氏だ。昨年はテレビ局制作のドラマとしては異例のスケール感を誇る『VIVANT』も監督し、日本で話題作をつくり続けている。そんな福澤氏に、今回配信される2作品はなぜ日本で働く人々に焦点をあてたのか、日本の技術者に対する想いなどをうかがった。

取材・文:麦倉正樹 写真:北原千恵美 編集:森谷美穂(CINRA, Inc.) メイン画像:『陸王』場面カット

『下町ロケット』あらすじ:宇宙科学開発機構の研究者としてロケット事業に従事していた佃航平(阿部寛)が、ロケット打ち上げ失敗の責任をとって退職し、父が経営していた「佃製作所」の社長となる。倒産の危機が続くなか、社員とともに困難へ立ち向かう
『陸王』あらすじ:100年の歴史をもつ足袋づくりの会社「こはぜ屋」が会社の存続をかけ、4代目社長の宮沢紘一(役所広司)を中心に、これまで培った技術力を活かして走りやすく怪我をしづらいマラソンシューズの開発に挑む

技術者による「ものづくり」の精神が、日本を支えている

──『下町ロケット』と『陸王』は、いずれも池井戸潤さんの小説を原作としており、日本の中小企業に焦点を当てたドラマです。当時、この作品に着目した経緯を教えていただけますか?

福澤まず、僕はTBSの社員として働いていて、これまで木村拓哉さん主演の『GOOD LUCK!!』(2003)や、中居正広さん主演の『砂の器』(2004)など30以上のテレビドラマを手がけてきました。

福澤克雄氏

福澤順調にキャリアを重ね、2007年にはふたたび木村拓哉さん主演で『華麗なる一族』のドラマを制作し、高視聴率も獲得できました。しかしそのとき、原作者の小説家・山崎豊子さんから言われたんです。「あなたはヒット作をいっぱいつくっているみたいだけど、日本を支えているものが、何なのかわかっているの?」と。

それに対して、当時の僕はうまく答えられなかった。そうしたら山崎さんが「日本を支えているのは『ものづくり』よ」とおっしゃられて。つまり、山ばかりの資源も少ないこの島国が、先進国の一員としていられるのは、日本にいる技術者たちの「ものづくり」の精神があったからだと。

日本のテレビドラマの世界には、ヒットしやすい「4大ジャンル(刑事、医者、弁護士、恋愛)」があるのですが、「それを繰り返しつくっていて、本当に人の役に立っているといえるの?」と言われたんです。

──なかなか辛辣ですね……。

福澤そうですね(笑)。ただ、僕はそれを聞いてハッとしました。それまでは漠然と「面白いものをつくろう!」と思ってドラマ制作に携わってきたんですけど、それだけではなく人の役に立つもの、誰かを鼓舞するようなものをつくりたいと思うようになった。それで、日本の「ものづくり」に関する書籍を山ほど買ってきて、ひたすら読んだんです。

仕事をひかえた日曜夜に、勧善懲悪の仕事人を描く『半沢直樹』を放送

──「ものづくり」に関する書籍のなかに、『下町ロケット』や『陸王』の小説もあった、ということでしょうか。

福澤はい。池井戸潤さんの小説『下町ロケット』がすごく面白くて、「これだ!」って閃きました。日本の技術者がプライドをかけて「ものづくり」にのめり込んでいる様子が、とても魅力的に描かれていたんです。

そこから池井戸さんの作品を片っ端から読んで。どれも面白かったんですけど、『オレたちバブル入行組』だけは最後まで残っていました。というのも、タイトルを見て、「バブル(※)の頃はよかったぞ」みたいな過去の栄光を讃える話かと思い、興味がもてなかったんです(笑)。でも、ほかの作品をすべて読み終えたあとでとりあえず手に取ったら、当初のイメージとはまったく異なりとても面白くて。

──銀行業界で不正を見逃さず、自分の正義を貫く主人公を描いた『俺たちバブル入行組』を、『半沢直樹』(2013)と名を変えて福澤さんの手で連続ドラマ化し、日本で社会現象になるほどの大ヒットを記録するわけですね。

福澤そうなんです。池井戸作品のとりこになってからすぐ本人にお会いし、『下町ロケット』シリーズ、『ルーズヴェルト・ゲーム』、『オレたちバブル入行組』シリーズのドラマ化の権利をまとめて認めてもらいました。

どの作品も王道の「4大ジャンル」から外れているので、ヒットする保証はありません。加えて、日本では男性よりも女性の方がテレビドラマをよく見ているというデータがあり、とくに銀行などの「業界もの」は女性の視聴者にまったく興味をもたれないとされていました。ですから、最初はみんな大反対。

ただ、僕が担当していた日曜21時の「日曜劇場」と呼ばれる放送枠は、翌日の仕事に備えて家で過ごす人が増えるからか、ほかの枠に比べて男性視聴者も多いという数値が出ていて。ここで放送すれば可能性はあるんじゃないかと思って何度も周りを説得し、まずは勧善懲悪がはっきりしていて視聴者にスカッとしてもらえそうな『オレたちバブル入行組』(『半沢直樹』)をドラマ化しました。その結果、予想を遥かに超えた大ヒットを記録できたんです。ドカーンと当たりましたね(笑)。

(※)バブル:およそ1986年12月から1991年2月まで続いた日本の好景気期間。泡のように膨張し続け、何かのきっかけで破裂してしまう様子から、このように呼ばれている

トヨタの仕事もヒントに「ものづくり」の地道さを描いた『下町ロケット』

──当時日本では視聴率20%で大ヒットといわれていましたが、『半沢直樹』は最終回が40%(ビデオリサーチ関東地区・世帯)を超える、日本のドラマ史に残る作品になりましたね。そのあと2015年に、福澤さんが原作で衝撃を受けたという『下町ロケット』が制作されました。銀行員の奮闘劇だった『半沢直樹』とは、また少し異なるテイストの作品です。

福澤はい。『下町ロケット』の舞台は、小型エンジンを開発する小さな町工場。自社の技術力にプライドをもつ主人公の社長が、社員とともにさまざまな困難を乗り越えていく痛快な「ものづくり」のお話です。

『下町ロケット』(2015)は最終回の平均視聴率が22.3%(ビデオリサーチ関東地区・世帯)の大ヒット作となった

福澤前作の『半沢直樹』にも「ものづくり」の要素はあったものの本筋のテーマではなかったので、また一味違う物語の描き方が必要だと考えていました。そんななかで参考にした作品が、『半沢直樹』と同じ制作チームでつくった二夜連続の単発ドラマ『LEADERS リーダーズ』(2014)です。

──それは、どんなドラマだったのでしょう?

福澤トヨタ自動車の創業者、豊田喜一郎さんの生涯を描いた物語です。作品をつくるにあたって、当時社長だった豊田章男さんをはじめ、トヨタのいろいろな方に話を聞いたり、実際の工場を取材させてもらったりしました。

トヨタは販売台数が世界一の自動車メーカーです。だからシステムも充実していて、社員が全員英語で会話するなどグローバルな環境だろうと思っていました。けれど実際は、昔からある工場で、手作業で行なう工程がいまだに残っていた。驚くほど地道な作業で自動車をつくっていたんです。

その光景を見て章男社長に聞きました。「この工程は、自動化しないんですか?」って。そうしたら「手作業によって技術を伝承しているんです」と。つまり、いままで培ってきた技術を継承していくため、あえて自動化をしていない部分があるとおっしゃったんです。

トヨタには、これまで自社で技術開発をしてきた歴史があります。企業文化や技術力を保ち続けるために、重要な部分はいまでも手作業でやっていく。そこに僕は、日本の「ものづくり」の魂を感じました。『下町ロケット』には、トヨタの現場で感じたことや学んだことが大きく反映されています。

斜陽産業の技術はどうなる?『陸王』で描きたかったこと

──『下町ロケット』のあとにつくられた『陸王』は、「ものづくり」の話であると同時に、その技術を新しい分野で活かしていく人たちの物語になっています。

福澤『陸王』は、僕が大学卒業後に何年か働いていた富士フイルムの経験が反映されています。僕が入社した頃の富士フイルムは、フイルムの売り上げが全体利益の90%以上でした。ただ、デジタルカメラが登場してからその状況は一変。上層部の人たちは、「デジタルカメラの技術が向上して一般化したら、フイルムはもう使われなくなる」と危機感を抱き、早い段階から次の事業を考え始めていました。

フイルムは、化学薬品を使った技術に基づいてつくられています。その技術を応用し、印刷技術や化粧品などほかのジャンルにも進出していったんです。

──いまや単なる「フイルムメーカー」ではなく「精密化学メーカー」になっていますよね。

福澤そうなんです。フイルムで培った独自の技術を活かして、精密化学メーカーとして生き残った。『陸王』も同じで、もともとは「足袋(着物などを着る際に用いられる、親指とほかの指が分かれた布製の履き物)」をつくっていた「こはぜ屋」が、需要の減少により倒産の危機に陥る。そこで自分たちが培ってきた技術を用いてランニングシューズをつくり始めます。その挑戦を描きたかったんです。

『陸王』も最終回の平均視聴率が20%を超えた(ビデオリサーチ関東地区・世帯)

福澤僕がいまいるテレビ業界も同じですよね。インターネットで動画配信や動画視聴サイトが登場してから、テレビのあり方が問われ続けています。そこで恐れずに、「こはぜ屋」みたいにこれまで培った技術を強みにして、新しいことに挑戦しよう。そういう気持ちでつくりました。

日本一に到達したラグビーでの経験が、働き方に活かされている

──『陸王』や『下町ロケット』では、ともに挑戦する仲間とチームで働くことの楽しさや重要性が伝わってきます。ちなみに福澤さんは、小学校の頃から大学までずっとラグビーを続け、大学時代には日本一にもなりました。そういった福澤さんの経歴が、ドラマづくりに反映されているのでしょうか?

福澤きっと関係あるでしょうね。僕が通っていた学校は、小学校から大学まである私立校で、独特な教育方針がありました。小学生の頃から担任の先生が、「プライドをもてる仕事を見つけろ」と、「とにかく、ラグビーをやれ」って言うんです。中・高・大と続けたものの、毎日ものすごくきつくて、当時先生が勧めてきた意味が全然わからなかった。けど、働きはじめてからようやくわかってきた気がします。というのも、ラグビーって阿吽の呼吸でチーム一丸となって戦い、メンバーのミスをカバーしながらみんなで前に突き進むスポーツなんです。

『下町ロケット』場面カット

──ひとり上手い人がいればいいというスポーツではないですよね。まさしくチームワークが大事というか。

福澤すごく足の速い選手がひとりいても、スクラムで押されてしまっては勝てない。ドラマ制作の世界も同じです。役者さんはもちろん、カメラマンがいて、美術スタッフがいて……それぞれに専門スキルをもつ人たちがそろわないと絶対につくれません。かといって、天才ばかりが集まってもあまりうまくいかない。それはそれで、息苦しくなってしまうから(笑)。その感じは僕がつくるドラマにも、間違いなく反映されていると思います。

──では、最後に。ご自身が携わったテレビドラマが海外で見られることについて、どのように考えているのでしょう?

福澤僕はこれまで、何よりもまず日本の視聴者に面白がってもらえる、元気になってもらえるよう制作に打ち込んできました。なので、海外の人たちからしたら考え方が違う部分もあるかもしれません。けれどその違いも楽しんで、とくに今回の『下町ロケット』と『陸王』は、日本の中小企業の底力や、日本を支えている技術者の「職人気質」を感じてもらいたいです。

一概にはいえませんが、日本人って職人気質な人が多いと思っていて。料理もそうですよね。寿司でも天ぷらでも、職人はひとつの料理に人生を賭けている。とことんおいしさや品質を追求していく人が多いと思っています。日本のさまざまな場面で見える「職人気質」を、今回の2作品を通じて味わってもらえたら嬉しいです。

『下町ロケット』『陸王』は「オンライン日本映画祭2024」ラインナップ作品です。

オンライン日本映画祭2024
https://www.jff.jpf.go.jp/watch/jffonline2024/
テレビドラマ配信:2024年6月19日(水)正午~7月3日(水)正午

※いずれも日本時間。国・地域によって本作が配信されない場合があります。

福澤克雄(ふくざわ かつお)

1964年東京都生まれ。慶応義塾大学卒業後、富士フイルムに入社。その後1989年にTBSテレビに新卒入社。 TBSテレビ・ドラマ制作部の演出家・映画監督。特に『半沢直樹』『VIVANT』は社会現象となり、日本で最も視聴率を獲得するテレビドラマディレクターと言われている。
代表作は『3年B組金八先生』『華麗なる一族』『南極大陸』『半沢直樹』シリーズ、『下町ロケット』シリーズ、『陸王』『ドラゴン桜』など数多くの大ヒットドラマを次々と世に送り出し、最新作『VIVANT』は、演出だけでなく原作も手掛けた完全オリジナルストーリー。また『私は貝になりたい』(2008年)『祈りの幕が下りる時』(2018年)『七つの会議』(2019年)など映画監督として活躍する。