国際交流基金が主催する特集配信企画「JFF+ INDEPENDENT CINEMA」では、日本の映画文化を支え続けてきた「ミニシアター」に焦点を当て、ミニシアターの支配人から推薦いただいた日本映画を海外向けに無料配信します。
宮城県仙台市にある映画館「フォーラム仙台」からは小森はるか+瀬尾夏美監督『二重のまち/交代地のうたを編む』(2021)と城定秀夫監督『アルプススタンドのはしの方』(2020)の2作品を推薦いただきました。いずれも日本全国のミニシアターを巡回した話題作です。
今回は、「フォーラム仙台」に赴き、同館の橋村小由美支配人と、フォーラムシネマネットワーク全体の番組編成を担う長澤綾さんから、映画館の来歴や日本映画のいまについてお話を伺いました。
取材・文:月永理絵 撮影:西邑匡弘 編集:国際交流基金
戦国武将・伊達政宗が拓いた「杜(もり)の都」宮城県仙台市は、東北地方最大の都市であり、豊かな緑に恵まれた美食の町。また、市内在住の人気作家・伊坂幸太郎の小説で舞台となることも多く、実際にいくつもの作品が仙台ロケで映画化されている。仙台駅東口の姉妹劇場の「チネ・ラヴィータ」と併せて、映画ファンに親しまれているのが「フォーラム仙台」。緑色の看板が目印のこの劇場は、歓楽街・国分町や官公庁街の少し北、政宗が拓いた街並みの名残がある青葉神社通りに位置している。支配人を務めるのは、1999年の開館時から勤める橋村小由美さん。仙台出身で大の映画好きが高じて映画館で働くようになったという。
橋村:大学入学と共に山形へ行き、同じグループの「フォーラム山形」でバイトを始め、卒業後もそのまま働くことになりました。その後「フォーラム盛岡」に4年勤め、「フォーラム仙台」をオープンさせるため仙台に戻ってきたという感じです。「フォーラム仙台」のオープンは1999年12月、世間は2000年問題で大騒ぎしていた頃で、開館時はとにかく大変だったのをよく覚えています。
「フォーラム仙台」を運営するのは、東北を中心に10館の映画館を展開する「フォーラムシネマネットワーク」。代表の長澤裕二さんは1984年、山形市に日本で初めての市民出資による映画館、「フォーラム山形1・2」をオープンさせた。夫婦で映画館を経営しながら子供を育て、仙台をはじめ全国7都市に劇場を拡大。現在では、娘の長澤綾さんが、兄の純さんと一緒にフォーラム全体の番組編成を担当している。
長澤:以前は支配人が直接配給会社とやりとりをしていたんですが、今は私と兄とが番組編成を一括して担当しています。とはいえ、今も、特集や企画ものなどは各劇場の支配人にお任せすることが多いです。フォーラムは支配人がみなさんとても個性が強く、ものすごい映画マニア。映画の話をしだすと、本当にみなさん止まらなくなるくらい。そういう支配人の個性が各劇場に反映されているのがうちの魅力でもあると思います。
一方、本部があることで、作品選びの際もメジャー系の配給会社と取引きができますし、経理業務や人事業務を本部が一括して担当することで、黒字の劇場と赤字の劇場とのバランスを取りながら運営できる。ミニシアターではありますが、グループ会社でもあるという独特のスタイルが、フォーラムシネマネットワークの強みかもしれません。
長澤さんは、まさに映画館とともに育ってきた人でもある。
長澤:うちは両親ともフォーラム山形で働いていたんですが、家の隣が映画館で、事務所とリビングはドア一枚でつながっていたんです。普段から家には他の従業員や映画館にやってくるセールスの方が普通に出入りしていたし、リビングではいつも機関誌の編集会議が行なわれていました。橋村さんも、フォーラムのお姉さんとして子供の頃からよく知っています。
フォーラム仙台は、開館と共にすぐ大きなヒット作が生まれた。日本の第一次韓流ブームの火付け役となった韓国映画『シュリ』(1999)。
橋村:フォーラム仙台の開館前、東京の試写室で見てものすごく感動したんです。配給のシネカノンの方が「仙台では上映館が決まっていないんです」と言うので「それならぜひうちで上映させてください!」とお願いして、2000年の1月から上映しました。そうしたら連日超満員で、その年10月まで上映が続くほど大ヒットになりました。当時は仙台にアジア映画を上映する場所がほとんどなかったこともあり、その後もイ・チャンドン監督の『ペパーミント・キャンディー』(1999)など韓国映画はずいぶん上映しました。
長澤:橋村さんのおかげで、フォーラム仙台にはアジア映画の固定ファンがついていますよね。台湾映画の特集上映も恒例企画になっています。
橋村: 私がアジア映画に目覚めたきっかけは、フォーラム山形で働いていたときに毎年開催していた「中国映画の全貌」という特集上映です。最初は、お客さんもそんなに来ないのに作品数は多いし準備や片付けばかり大変で、「これ、本当に毎年やらなきゃいけないんですか?」とつい聞いてしまったんです。そうしたら代表に「まず作品を見てから言いなさい」と言われてしまって。それでチェン・カイコー監督の『黄色い大地』(1984)やチャン・イーモウ監督の作品などを見たらあっという間に夢中になりました。
2005年には駅前に「チネ・ラヴィータ」を開館(2009年、近くのビルに移転)。地下鉄に乗ればはしごするにも容易い距離だが、二館の上映作品はどのように決めているのか。
長澤:「チネ・ラヴィータ」は仙台駅から歩いてすぐの場所にあり場所が認知されやすいので、ライト層向けの映画は「ラヴィータ」で、よりコアな層向けの映画は「フォーラム」にというような区分けをすることはありますが、はっきりとカラーが分かれているわけではないですね。
元々うちはミニシアターではありますが、アート系映画専門の映画館というわけではなく、良作であればメジャー作品もわりと上映しているんです。先日は仙台市在住の伊坂幸太郎原作のハリウッド映画『ブレット・トレイン』(2022)も上映しました。「フォーラム」という映画館は、「映画ファンのための映画館」として生まれた場所で、それが原点。だから番組編成では、自分がこの映画を好きかどうかは考えず、この町に住んでいる映画ファンの方々が何を見たがっているかを一番に考え、ジャンルや規模にとらわれず幅広く上映するようにしています。
そもそもミニシアターらしい映画とは何なのか、アート系映画とは何か、と考え始めるとなかなか答えは見つからない。自主映画と商業映画との境目も、近年ますます曖昧になりつつある。
橋村:考えれば考えるほど、結局はどれも「映画」でしょう? と思うんです。本来、映画に大きい/小さいなんて区別はないはず。なんといっても、「フォーラム仙台」のオープニング作品は『マトリックス』(1999)ですから。しかもそのときレイトショーで上映していたのは東京のミニシアターで話題になった『バッファロー’66』(1998)。当初からジャンルや作品の大小にはこだわらなかったんです。『バッファロー’66』は若いお客さんがたくさん来て連日満席になりました。その後大ヒットになった作品には、うちの歴代興行収入一位の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』(2007)や『カメラを止めるな!』(2018)などがあります。
「フォーラム仙台」開館から11年後の2011年3月11日、東日本大震災が東北全土を襲う。仙台市も大きな被害を受け、市内のシネコンなどはそれから数ヶ月館休館を余儀なくされた。
橋村:幸いにも、フォーラム仙台がある通りは地盤が強く、建物自体にはほとんど被害がなかったんです。震災後1週間後には断水が解除され、すぐに映画館を再開しました。
長澤:当時は東北方面の流通が完全に止まってしまい、何も入ってこないしこちらからも出せない、という状況。今ある上映素材でまわしていかなきゃ、ということで上映スケジュールを一から組み直しましたよね。
橋村: 他のシネコンが三ヶ月から半年くらい休館になってしまったこともあり、やがてお客さんの中から「『ドラえもん』の前売りを買ってあったのに、シネコンが再開しないから見られない」とか、「(二部作として作られた大作邦画)『SP』の1本目(野望篇)は見たのに2本目(革命篇)が見られない」という声が聞こえてきました。映画会社からの依頼もあり、普段うちでは上映しないタイプの映画を色々上映したところ、すぐにお客さんで満杯になりました。
長澤:震災直後は、本当に映画館を再開するべきなのか、今は映画どころじゃないんじゃないか、という声もあったんですが、いざ再開してみたらやっぱりみんな映画館で映画を見たいんだ、ということがよくわかりました。
震災後、「フォーラム仙台」からほど近い距離にある「せんだいメディアテーク」(2001年1月開館)では、東日本大震災によって起きた出来事を記録・発信するプラットホーム「3がつ11にちをわすれないためにセンター」が立ち上がり、濱口竜介監督らが仙台に住み、ドキュメンタリー映画を制作するなどその活動に深く関わった。「フォーラム仙台」にも、監督や俳優をはじめ、映画関係者たちからの応援の声が数多く寄せられた。
橋村:震災後は、みなさん本当に東北のことを気にかけてくれました。わざわざ仙台に来てくれた人や、後から「あのとき、ボランティアとして東北に行ったんです」と話してくれた監督さんもいました。海外からも、ヴィム・ヴェンダース監督が福島に来てくれて。
長澤:2011年の10月、東京国際映画祭のために来日したとき、ぜひ福島に行きたいと言ってくれたんですよね。フォーラム福島で『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011)を無料上映してくれて、さらに計画的避難区域に指定されていた飯舘村にも足を運ばれました。フォーラム福島の支配人はヴェンダースの大ファンだったので本当に感激していました。
実はそれ以前から、地方のミニシアターを足繁く訪ねていた映画監督がいる。橋村さんが「ミニシアターのゴッドファーザー」と呼ぶ若松孝二監督だ。
長澤:若松監督は、『キャタピラー』(2010)がベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を獲ったあと、フォーラム4館をまわる舞台挨拶ツアーをしてくれたんです。私は若松さんや寺島さんたちと一緒に劇場をまわったんですが、「こんな大女優さんや監督が東北のミニシアターにまで来てくれるなんて」と多くのお客様が感激していました。
今でこそ、監督が自主製作・自主配給をして全国の劇場をまわる、という形は珍しくないですが、当時は画期的なことでした。若松さんは『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2011)で主演の井浦新さんを連れて6館を巡る東北ツアーをしてくれたんですが、その後井浦さんは、自分でも若い俳優さんを連れてきてくれるようになりました。井浦さんはコロナ禍を機に、俳優仲間の斎藤工さん、渡辺真起子さんと一緒に「ミニシアターパーク」という映画館を応援する活動を始めましたが、実はそれ以前から、若松イズムを引き継いで劇場を盛り上げようといろんな活動をされていたんです。
新型コロナウイルスの感染が拡大し、緊急事態宣言が全国に出されたあとは、「フォーラム仙台」、「チネ・ラヴィータ」も一ヶ月程休館を余儀なくされた。
橋村:ただ、本当に大変な時期でも動員数はそこまで大幅には減らなかったんです。年配のお客さんが来館する回数はたしかに以前より減ったものの、ゼロにはならなかった。それと意外にも若い観客が増えてきたんです。先日のウォン・カーウァイ4K版の特集上映にも、古くからのアジア映画ファンに加え、若い人たちがたくさん見にきてくれました。若い観客は減る一方だと思っていたので、これは嬉しい驚きでした。
代表が昔からよく言っていたのは、「うちみたいな小さな劇場は、波に揺られはするけど転覆はしないんだよ」ということ。ビデオやDVDのあとは配信も盛んになり映画館はどんどん厳しい状況に陥っていますが、その都度大きく揺さぶられながらどうにか転覆せずにいられるのは、やはり小さい映画館だからこその強みだと思います。
長澤:フォーラムの中でも、仙台は一番アート系作品の売上比率が高い映画館です。それだけ常連客に支えられているのだと思います。
常連客が減らない理由は、映画館側の細かい気遣いと日々の努力ゆえとも言える。
橋村:うちではメールマガジンを発行しているんですが、今は1万人程度登録者がいます。SNSでは反応が多くても意外と集客につながらないことが多いんですが、メルマガを出すと確実に反応があります。それと、今は上映スケジュールや上映時間はネットで載せるのが主流になっていますが、うちでは必ず紙に刷って劇場で配布しています。年配の方とか、この印刷物だけを頼りに映画情報を仕入れている映画ファンの方は結構いらっしゃるので。劇場での予告の流し方も、「この映画のお客さんならこういうタイプの映画も好きかも」といつも考えながら組むようにしています。予告を見て「ああ、次はこれを見にこよう」と決める人って、案外たくさんいるんですよ。
お二人が推薦された映画は、『二重のまち/交代地のうたを編む』と『アルプススタンドのはしの方』。『二重のまち/交代地のうたを編む』を監督した小森はるかさんと瀬尾夏美さんは、東日本大震災でのボランティアをきっかけに一時期東北に拠点を移し、アートユニットとして活動を続けてきた。
橋村:小森さんは一時期仙台に住まれていて、「フォーラム仙台」にも何度も来てくれましたし、撮影を担当した福原悠介さんは仙台市出身で高校生の時からずっとここに通ってくれています。小森さんは人に何かを押し付けることなくただそばにいるだけ、という撮影手法をとる人。日本のドキュメンタリー作家でこういうタイプの人はなかなかいないので、これからも頑張ってほしいなと思います。
長澤:『アルプススタンドのはしの方』は、登場人物も少なく、本当に小さな映画ですが、関わったみんなが本当におもしろいと信じて撮っているのが伝わってくる作品。こういう低予算だけどおもしろい映画がミニシアターでヒットするってすごく嬉しいですよね。
最後に、フォーラム仙台のある町の魅力を聞いた。
橋村:フォーラム仙台は四百年以上の歴史ある「青葉神社通り」に面していて、突き当たりには伊達政宗を祀った青葉神社があり、毎年5月には「仙台青葉まつり」が開催されます。「青葉神社通り」が『Wake Up, Girls!』というアニメの舞台になって以来、斜め向かいの1695年から続く仙台駄菓子の有名店「熊谷屋」や北隣の「喫茶ビジュゥ」には、海外からも聖地巡礼の方がいらしています。南に5分ほど歩くと東北一の繁華街国分町に着きます。美味しい飲食店がたくさんありますし、歩いていける距離には「せんだいメディアテーク」もある。仙台に来たらぜひこのあたりを散策してほしいですね。
橋村小由美
フォーラム仙台/チネ・ラヴィータ 仙台地区総支配人。宮城県生まれ。1989年、学生アルバイトとしてフォーラム山形入社。1997-2001年、フォーラム盛岡支配人。1999年オープン時よりフォーラム仙台支配人。2013年よりチネ・ラヴィータ支配人兼務。
長澤綾
フォーラムシネマネットワーク 番組編成。1979年、山形県生まれ。1984年に両親がフォーラム山形を開館。隣接する自宅でハードコアな映画ファンに囲まれて育つ。1998年、大学進学のため渡米。卒業後はニューヨークのジャパン・ソサエティにて映画の上映企画・運営を担当。2009年、帰国してフォーラムシネマネットワークの番組編成に就く。
「JFF+ INDEPENDENT CINEMA」
https://www.jff.jpf.go.jp/watch/independent-cinema/
主 催:国際交流基金(JF)
協 力:一般社団法人コミュニティシネマセンター
実施期間:2022年12月15日〜2023年6月15日(6か月間)
配信地域:日本を除く全世界(一部作品に対象外地域あり)
視 聴 料:無料(視聴には要ユーザー登録)
字幕言語:英語、スペイン語(一部作品、日本語字幕あり)
フォーラム仙台(宮城県仙台市)推薦作品
小森はるか+瀬尾夏美監督『二重のまち/交代地のうたを編む』(2021)[配信期間:2022年12月15日~2023年3月15日]
城定秀夫監督『アルプススタンドのはしの方』(2020)[配信期間:2023年3月15日~6月15日)]