国際交流基金が主催する特集配信企画「JFF+ INDEPENDENT CINEMA」では、日本の映画文化を支え続けてきた「ミニシアター」に焦点を当て、ミニシアターの支配人から推薦いただいた日本映画を海外向けに無料配信します。
新潟県上越市にある映画館「高田世界館」の上野迪音支配人からは小林茂監督『風の波紋』(2016)と豊田利晃監督『戦慄せしめよ』(2021)の2作品をご推薦いただきました。まるで対照的な映画作品ですが、いずれも新潟の美しい風土を捉えている作品です。
今回は、そんな上野迪音支配人の働く「高田世界館」に赴き、映画館の来歴や日本映画のいまについてお話を伺いました。
取材・文:月永理絵 撮影:西邑匡弘 編集:国際交流基金
新潟県上越市、レトロな街並みが残る高田の町に、日本最古級の映画館として知られる「高田世界館」がある。1911年に開業し、2022年で築111年を迎えた「高田世界館」は、国の登録有形文化財や近代化産業遺産にも登録された文化遺産。江戸時代から続く町家が並ぶ高田雁木通りで、今も現役の映画館として営業を続けているが、明治の擬洋風建築を体感できる貴重な建築物として、映画ファンだけでなく観光客や建築ファンからも熱い視線を浴びている。私たちの取材時にも、観光客の若い女性たちや、先生に連れられた地元の学生たちが見学に訪れ、支配人の上野迪音さんはツアーガイドのように高校生たちに映画館の歴史について話をし、その合間に次の映写の準備をしたりと大忙しの様子だった。
上野:映画上映の合間に、一階から二階、映写室も含めて全館を見学できるようになっているんですが、見学の方は途切れずいらっしゃいますね。最近では、他県からの観光ツアーの旅程に、ここの見学を入れてくれているところもあります。そういうときには上映回を減らして対応したりしています。映画館の収入が少ないぶん、見学料で補填している部分も多少あるんです。元々この歴史的建造物の保存活動から再生した経緯があるからとも言えますが、こういう映画館は他にないでしょうね。
高田出身の上野さんの実家は、高田世界館から歩いてすぐの場所にある。ただし、子供の頃にここに通っていたわけではないという。
上野:子供の頃、よくこのあたりで遊んではいましたが、当時の世界館は成人映画館だったので、当然中に入ったこともなければ、そういう場所だとすらよく認識していませんでした。そもそも世界館は時代によって名称や経営母体が移り変わってきた場所なんです。
1911年に芝居小屋「高田座」として設立され、1916年に映画館「世界館」に生まれ変わった。その後は東宝、松竹、大映作品の上映館となり、1975年からは「高田日活」と看板を替え、成人映画館へと変わっていったようです。ただ2000年以降は「高田日活」という名前は残っていたものの、すでに街にレンタルビデオ屋もでき始め、経営的にはかなり厳しい状況にあったと思います。
成人映画館から「高田世界館」として生まれ変わったのが2009年。経営母体がNPO法人「街なか映画館再生委員会」に変わり、この歴史ある映画館を修繕・保存しながら、市民活動として映画館運営をしていこうという動きが始まっていたんです。最初は、不定期で自主上映活動に場所貸しをしたり、イベントを行う場所として使われていたんですが、僕が支配人になった2014年からは定期上映を行う常設館へと、舵を切っていくことになりました。
横浜の大学で映画評論の勉強をしていた上野さんは、大学院ではエドワード・ヤンの研究をするなど、シネフィル生活を満喫していた。そこから地元に戻り歴史ある映画館の支配人に就くまでにはどのような経緯があったのか。
上野:昔から人並み程度に映画は好きでしたけど、浴びるように見に行き始めたのは大学に入ってから。映画の授業を担当していた先生に感化され、東京のいろんなミニシアターに通い詰めていました。大学院に入ると、映画を中心に勉強しながらも建築やまちづくりについて多少学ぶ機会があり、自分でも地元で何かまちづくりに関わる活動をしてみたいなと興味が向いていったんです。
高田世界館が貸し館として使われているのを知ったのはちょうどその頃のこと。これは面白そうだと時々地元に戻って上映活動をするようになり、NPO法人の方々とも親しくなっていきました。そして大学院を卒業する2014年に、ちょうどここの支配人を募集しているのを知り、それならと僕が働くようになったというわけです。最初から地元に戻ってこようと考えていたわけではなく、何かおもしろい活動ができそうだ、くらいのわりと気軽な気持ちでしたね。
現在、常駐の職員は上野さん一人。数人のアルバイトスタッフと共に、受付から映写、観光客への対応を行っている。
上野:最初はとにかくわからないことばかりでした。大学で映画評論について勉強してはいましたが、映画館で働いた経験はなく、時々上映活動をしていた程度。支配人に就いたものの、映画の取引先は一つもないうえに、運営形態をどうするべきかも決まっていないという状態でした。当初は一日に一本だけ上映したり、特集上映的にシリーズものを連続上映したりと試行錯誤が続きました。でも続けていくうちに徐々に作品を貸してくれる配給会社が増えていき、一年後にはどうにか通常上映の形をつくっていきました。この頃から、常連さんから、「最近ようやく映画館らしくなってきたね」と言われるようになりましたね。
現在は、火曜日が毎週定休、それ以外は1スクリーンで一日3〜5回の上映、という形が基本スケジュールとなっている。最近の上映作品では、ミニシアター系の外国映画が数本あるほか、日本のドキュメンタリー映画が半分以上並んでいるのが印象的だ。
上野:特にコロナ禍以降、ドキュメンタリー映画の本数はかなり増えましたね。以前は、作品によって常連客の顔ぶれがだいたい見えていて、たとえば今上映している『マドラス 我らが街』(2014)ならインド映画ファンの方々が来てくれる、『戦争と女の顔』(2019)は良質な洋画を好きな方々は来るだろうと、ある程度客層を判断できた。だけどコロナ禍で全体的な集客が落ち込み、常連さんだけでまわしていくのが難しくなってきたんです。それで外から新しい空気を入れ新しいお客さんを呼ばなければと考えるうち、ドキュメンタリー映画が必然的に増えてきた気がします。
ドキュメンタリー映画の場合は、映画ファンに限らず、その対象となったテーマに関心を寄せる人が来てくれるので、新しい観客へと広げていけるんです。「食」について映した作品なら「食」に興味がある人なら来てくれる。田舎のある地域での暮らしを撮った作品なら、まちおこしや地方での暮らしに興味がある人を来てくれる。特にここ最近活発に見に来てくださるのは子育て層。環境問題に関心が高かったり、新しい生活スタイルに興味がある若い方々はとても能動的で、自分の関心がある映画が上映していると、ちゃんと情報をチェックして見に来てくれるんです。
今うちでは『こどもかいぎ』(2022)というある保育園での1年間を撮影したドキュメンタリーを上映していますが、この映画なら子育て層にも届けられるし、教育関係者の方にも興味を持ってもらえる。いろんなテーマのドキュメンタリー映画をかけることで新しい客層が生まれてくるはずだと、今は期待をしています。
2020年からの新型コロナウイルス感染拡大の影響は、一時休館や年配者の激減など、全国の映画館に大きな痛手を与えたが、一方でコロナ禍に生まれた工夫が、新たな上映スタイルとして定着している面もあるという。
上野:コロナ禍で監督たちが映画館を訪れる機会が減った代わりに、Zoomなどを利用したオンラインでのリモートのトークショーが活発になりましたよね。僕はそこに映画館の新しい価値を見出しています。以前は、地方の映画館に監督たちを呼ぶのはお互いに負担が大きかった。でもリモートなら、こちらも気軽にお声がけできる。
うちでは今、特にドキュメンタリー映画の場合はできるだけ上映とセットでリモートのトークショーを行っていて、平均すると月に1回くらい、多い時は隔週で開催しています。監督さんに自作について話してもらうこともあれば、作品のテーマに沿った専門家の方をお呼びすることもあります。今後も工夫を凝らして企画していきたいなと思っています。作品を上映するだけでなく、カルチャースクールのような、映画を通じてもう少し深く社会を知れるような機会をつくっていきたいんです。
今回、上野さんが「JFF+INDEPENDENT CINEMA」に推薦した二作品『風の波紋』と『戦慄せしめよ』も、やはりドキュメンタリー映画だ。
上野:どちらも以前うちで上映してとても反応がよかった映画です。二作品とも新潟で撮られた映画なので、直接この作品に関わっている人が来てくれたりと、その反響を追いやすかった映画でもあります。
『風の波紋』は本当にいろんな世代の人たちが見にきてくれた映画でしたね。古くからこの町に住んでいる人も、新しく移住してきた人たちもみんな楽しそうに見にきてくれました。そういう反応が僕としては一番嬉しいんです。上の世代の人が「なんか、よくわからない映画ばっかりやってるね」と敬遠するような場所にはしたくない、自分の母親や祖母にも喜んでもらえる映画を上映したい、という思いは常に持っています。
普段、高田世界館ではどのような映画が人気なのか。
上野:ここ最近ではやはり濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(2021)が大人気でした。うちでは二週間限定上映だったんですが、平日でも90人くらいのお客さんが来てびっくりしました。それ以外で長くヒットしたのは『人生フルーツ』(2016)や『この世界の片隅に』(2016)とか。『夢は牛のお医者さん』(2014)もかなりロングランした記憶があります。
シネコンで上映した大作を二番館として上映することも多いという高田世界館。上野さんにとって、理想のミニシアターのありかたとはどのようなものなのだろう。
上野:僕としては、ミニシアターをやっているつもりはあまりないんです。ミニシアターってある時代のなかで作られた文化であり、やっぱり都市文化なんですよね。そう考えると、高田世界館はミニシアターというよりは、コミュニティシネマといった方が近いのかもしれません。僕にとっても、こういう映画館にしたいというより、映画館によって高田という町のコミュニティを豊かにしたい、という気持ちの方が大きい気がします。
NPOの第一義はこの歴史的建造物を保存することですし、映画館は、上映を続けていくことが一番重要だと思うんです。自分が好きだからといってアート性の高い作品ばかり上映して映画館を維持できなくなってはいけないし、逆に人気の高い作品を上映して評判になれば、いずれアート系の映画を上映する機会も出てくるはず。
そういえば以前、大森立嗣監督の『日日是好日』(2015)がロングランしていたとき、夜の回でまったくジャンルの違う映画をやってみようと、ウィリアム・フリードキン監督の『恐怖の報酬』(1977)をかけてみたことがありました。まあちょっとした遊び心ですよね。そういう遊び方ができるのも、映画館が順調に続いているからこそ。まずはこの映画館をしっかり維持しつつ、そのなかでできるかぎりの多様性を見せていきたい。スクリーンを守っていくというのはそういうことなのかなと思います。
上野さんの話をうかがっていると、映画館についての話が、自然と町のありかたをめぐる話になっていくのがよくわかる。上野さんにとっては、高田世界館を運営していくことと、地元のまちを盛り上げていくことは、同義の活動なのかもしれない。
上野:理想は、映画館運営とまちづくりの活動と、二足のわらじでやっていくこと。高田世界館が町のコミュニティの中心の一つになっていったら一番いいなと思っています。新しくここに移住してきた人にとっては、町の既存のコミュニティに入っていくのってなかなか難しいけど、映画館なら「ちょっと映画を見に行ってみようかな」くらいの気持ちで気軽に来られるかもしれない。そうやってうちに足を運んでくれた人が、徐々に町の中に溶け込んでいけるたらいいですね。
最近は映画館での上映に集中していますが、以前は世界館以外の場所でいろいろなイベントを企画していたんです。朝市が開かれている通りの空き家で、高田の風景を映した8ミリフィルムの上映会を開いたり。映画で町を盛り上げる試みは今後も続けていきたいですね。
最後に、上野さんが考える高田の町の魅力とは。
上野:春は、高田城址公園に咲き誇る桜が観光名所になりますし、高田地区がある上越市は戦国武将の上杉謙信ゆかりの地としても有名です。でも僕はそういう観光名所とは違う高田ののんびりとしたところが一番好きです。町を歩いていると、あちこちに人の営みの積み重なった部分が見えてくるんです。それとこのあたりは江戸時代から続く町屋の跡地が残っているんですが、高田世界館のような明治の擬洋風建築もあり、江戸時代と明治時代のレイヤーを楽しんでもらえたらいいですね。観光地化しすぎてもいないし、ほどよく歴史を感じられる町。冬は雪景色も見事ですし、のんびり滞在するにはぴったりの町だと思います。
上野迪音
高田世界館支配人。1987年、新潟県生まれ。2014年より高田世界館の運営に携わる。以来、上映やイベントを次々に企画し、同館の定期上映を再開させる。映画文化を地域に根づかせるべく、観客参加型上映や地域とのコラボレーションなど様々な取り組みを行っている。
「JFF+ INDEPENDENT CINEMA」
https://www.jff.jpf.go.jp/watch/independent-cinema/
主 催:国際交流基金(JF)
協 力:一般社団法人コミュニティシネマセンター
実施期間:2022年12月15日〜2023年6月15日(6か月間)
配信地域:日本を除く全世界(一部作品に対象外地域あり)
視 聴 料:無料(視聴には要ユーザー登録)
字幕言語:英語、スペイン語(一部作品、日本語字幕あり)
高田世界館(新潟県上越市)推薦作品
小林茂監督『風の波紋』(2016)[配信期間: 2022年12月15日~2023年3月15日 ]
豊田利晃監督『戦慄せしめよ』(2021)[配信期間: 2023年3月15日~6月15日)]