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日本のコメディー映画の礎は漫才にあり。芸人・翻訳家のチャドが語る

Interview #Comedy

2021/09/09

日本映画のジャンルごとに、その楽しみ方を紹介する連載シリーズ「日本映画入門」。第2回目のテーマは「日本のコメディー」。日本で芸人として活躍しながら、数々のコメディー映画の字幕翻訳を手掛けてきた、オーストラリア出身のチャド・マレーン氏に取材した。

マレーン氏によれば、日本の「お笑い」のベースとなっているのは、「ボケ」と「ツッコミ」の応酬だ。おどけたり、ばかばかしいことをしたりするボケと、ボケのおかしさを言葉などで指摘するツッコミ。この2つの役割を担う人物が明確に分かれているケースが多い「漫才」という手法が、日本のお笑いにおける代表的なスタイルのひとつだ。

そんな「ボケとツッコミによるお笑い」がさまざまなメディアを通して人々の生活に浸透している日本で、「コメディー映画」とはどのようなものなのだろう? 日本の「お笑い」の楽しみ方や、まだ触れたことがない人にオススメの日本のコメディー映画を聞いた。

取材・文:飯嶋藍子 写真:西あかり 編集:飯嶋藍子・原里実(CINRA, Inc.)

日本と西洋の「お笑い」の違いとは?

——チャドさんが初めて日本の「お笑い」を見たとき、どのように感じましたか?

チャド日本のお笑いは、すごく特別なものに感じました。高校1年生のときに交換留学で初めて来日して、関西の学校に行った初日に、同級生に「日本には漫才っていうのがあって、ボケとツッコミがいて、ひとりがアホなこと言うたらもう片方が『なんでやねん』って言うねんで。実際にやってみよ」って漫才をやらされたんです。

チャド・マレーンさん

チャドで、そのボケとツッコミがいる漫才というものが日本のお笑いの基本型で、それをベースにたくさんの細かいジャンルがあると知って。ボケとツッコミが基本というスタイルが衝撃的でしたし、お笑い芸人の数、テレビ番組の数、あと、若い人が活躍しているという点にもとても驚きました。

——たとえば日本には17世紀後半くらいから、身振り手振りのみで一人何役も演じ、ダジャレなどを織り込みながら滑稽な話を披露する落語など、古くから「お笑い」があります。いま触れてくださった漫才以外のお笑いのジャンルについて、海外の読者に向けて簡単にご説明いただけますか。

チャド設定と役柄を決めたなかで、ドラマ仕立てでボケとツッコミが進んでいく「コント」や、コントよりも大人数・長尺で劇場を中心に行われる「新喜劇」、座って披露する落語とは違い、マイクの前に立ってひとりで喋ったり、楽器を使ったりしながら話を進めていく「漫談」、出されたお題に対して複数の回答者が面白さを競い合う「大喜利」、テレビで成立するような、全身を使って物事への反応を誇張する「リアクション芸」など、本当にさまざまなスタイルがあります。

——スタイルはもちろん、「お笑い」として取り上げられるトピック、ネタには何か違いを感じましたか?

チャド大きく違うと思うのは西洋のコメディアンは「戦い」が根っこにあり、日本のお笑いにはそれがないということ。西洋のコメディアンは、お笑いを介して、人種差別や政治に関連する世直しや社会風刺をやっている感覚があると思います。

——たしかにスタンダップコメディーなどは、かなりメッセージ性が強いものが多いですよね。

チャドそうなんです。でも、ぼくとしては、純粋に人を笑わそうというときにそういうメッセージって堅苦しいと思う。あと、西洋では宗教ネタと下ネタも多い。日本のお笑いはそういったトピックを避けて、何気ない日常の細かな部分をお笑いにしていることが多く、ぼくはすごく普遍的だと思っています。

日本のコメディーのポイントのひとつは「ツッコミ」

——コメディー映画を比較するとどうでしょう?

チャドやっぱりツッコミの文化があるかないかが、すごく大きな違いになっていると思います。ぼくはジェリー・ルイスとか、西洋のコメディー映画も大好きだったんですけど、ツッコミにあたるパートでは、真顔で相手を見て首を捻って眉毛を上げたり下げたりして……っていうだけで。

でも、日本のお笑いやコメディー映画はわざわざツッコミを言葉にします。「的確な言葉で、何がどうおかしいか言う」という日本のツッコミの目線で海外のコメディーを観るようになったら、「このボケ、さっきと同じやん!」「ボケ切ってないなあ」とか、それまで笑っていたはずの部分がすごく単調に感じられるようになったんです。

——ツッコミの文化は、やっぱりコメディー映画にも通じるものですか?

チャド日本のコメディー映画には、ボケとツッコミを軸にした「お笑い」が根っこにあると思いますね。『カメラを止めるな!』(2017年)も、新喜劇を映像化したようなストレートに日本的なコメディーだと思います。

また、日本には漫画原作のコメディー映画がたくさんあるのですが、漫画にも話の根っこがお笑いから来ているものは多いんじゃないかと思います。ぼくは仕事で漫画家さんによくお会いするのですが、すごくニッチな深夜のお笑い番組をチェックされている方も多いんですよ。

『カメラを止めるな!』予告編

日本独自の「お笑い」を字幕にするときの苦労とは?

——チャドさんは映画の字幕翻訳も手がけられていますが、その際に気をつけていることはなんでしょう?

チャドどんなスタイルや内容でも、日本のお笑いにおいて誰もが求めるものが最後の「オチ」。だから、そこへの持っていき方は必ず工夫します。

また、字幕翻訳って独特で、フレーム単位で0コンマ何秒まで計算して、その尺内で読める文字数に納めないといけないんです。漫才をベースにした笑いってとにかく話が速いし、一言でツッコめたりするんですけど、それを英語にするとリズムや表現に違和感を覚えることもありますね。

字幕より映像が大事なときには、言葉は最低限に押さえます。意味が伝わるのであれば、日常会話ではちょっと違和感があるくらい字数を短くした「字幕語」と呼ばれるような言葉にするのも差し支えないと思っています。

——笑いどころの種類やテンポによって、翻訳の仕方がかなり違いそうですね。

チャドそうですね。短い文章にまとめると、意図は伝わったとしても笑えなくなる、ということもあります。そういう場合は、できるだけ口語に近い英訳にしていくのですが、やっぱり文字数や尺は限られているので、何をいちばん伝えるべきなのかすごく考えます。細かいニュアンスなのか、いまウケたほうがいいのか、10分後の一言をウケさせるために我慢してフリに徹するのか、などなど。伝えることを絞り込むのはめちゃくちゃしんどいです(笑)。

——その瞬間だけじゃなく、先の笑いまで計算しながら翻訳しているんですね。

チャドそうなんです。ボケとツッコミの字幕を同じフレームに納めて、同時に見せてよいのかという悩みもあったり……。でも、こうしたいろいろな制限のなかでも翻訳しやすいものって、確実に面白くて、誰にでもわかる普遍的な笑いだということがわかってきました。

ぼく、翻訳をしているとき、その作品が面白くないとイラつくんですよ(笑)。ぼくのほうが面白いものがつくれるのにって。でも、その作品が面白かったら面白かったで、芸人としてめちゃくちゃ悔しいですね。

ボケとツッコミの面白さを感じられる、松本人志『R100』

——これは翻訳しやすかったなと感じる作品って何かありますか?

チャド松本人志監督の『R100』(2013年)ですね。これはまさにボケとツッコミを海外の方にも楽しんでもらえた作品だと思います。この映画は途中までツッコミなしで話が進んでいき、あるポイントからツッコミがやっと入ってくるんです。「トロント映画祭」で初上映したのですが、何千人かお客さんのいる会場で監督の隣に座って一緒に観て。「これがウケへんかったら全部ぼくのせいにされる」っていうプレッシャーがすごかったです(笑)。

チャドでも、上映してみたら、ツッコミなしのシーンでも、日本の観客だったらちょっとツッコミがほしいところに、カナダの観客たちがそれぞれ心のなかでツッコんで笑っているのがわかりました。じわじわした笑い、ドッカーンと大きな笑い、フッという微かな笑い……全部理想どおりのリアクションをしてくれたんです。でも、少し暴力的なシーンがあって、そこだけ会場が静まりかえってしまって。

——緊張の瞬間ですね。

チャドそこで、お客さんがひとり我慢できなくなって「Oh! No!!」って言ったら、ほかのお客さんもドッカーンって笑ったんです。そのツッコミの「Oh! No!」をみんなが欲してた。そこからツッコミが入るシーンになったら、もう大ウケでした。ボケに対する「何それ?」という観客の違和感を、面白い表現で代弁する——とても日本的な「ツッコミの笑い」の醍醐味が通じたなと実感しました。

日本のコメディ映画をより楽しむポイントとは?

——海外の方が日本のコメディー映画を観るときに、何に着目するとより楽しめると思いますか?

チャドぼくは「細かさ」が面白いなと思うんですよね。あくまでぼくの印象ですが、日本人は凝り性な人が多いと思いますし、そのなかで作品を作っている人は輪をかけて凝り性。そのきめ細やかさが作品にすごく出ていると思うんです。特にお笑いにとって命といえる「タイミング」へのこだわりは、どんな作品を観ても感じ取れると思います。

——ボケとツッコミのタイミングも、少しずれただけでまったく違う空気感になりますもんね。

チャドボケとツッコミの文化で育っている日本人って、ツッコミ甲斐のあるボケをするんですよ。だから、コメディー映画でも「ボケ切る」ということを感じ取ってほしいなと思います。『翔んで埼玉』(2019年)とか『のだめカンタービレ』(2009年、2010年)の武内英樹監督は、いろんなドタバタや演出で派手にボケ切る感じが面白い。この2作はいずれも漫画が原作です。

『のだめカンタービレ最終楽章 前編』予告編

チャドさんがオススメする日本のコメディー映画の入門作品

——「ツッコミ」という文化はないにしろ、やっぱり面白い言葉で自分の気持ちが代弁されたり、思ってもみない言葉で指摘されたりすることに、多くの人が笑うんですね。最後に日本のおすすめのコメディー映画を教えてください。

チャドまず、思い入れがあるのが福田雄一監督の『HK / 変態仮面』(2013年)。ぼくが日本に来て初めて読んだ漫画雑誌に原作の『究極!!変態仮面』が掲載されていたのですが、いまでいう『デッドプール』(2016年)と同じようなセンスのことを2、30年前にやっていたのがすごいなと思います。映画は香港でも人気が出たみたいですね。『変態仮面』の頭文字が「HK」で、香港と同じだということもあって、親近感を持たれたみたいです(笑)。

『HK / 変態仮面』予告編

チャドあと、SUSHI TYPHOONという映画レーベルの作品がオススメです。『デッドボール』(2011年)など、『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』(1986年)や『ロッキー・ホラー・ショー』(1975年)などが好きな人たちはすごく楽しめるんじゃないかと思います。同じ山口雄大監督の『魁!!クロマティ高校』(2005年)も好きですね。

「SUSHI TYPHOON」まとめ動画

また、『ステキな金縛り』(2011年)や『記憶にございません!』(2019年)などの三谷幸喜監督がつくる、張り巡らせた伏線を回収していくようなつくり込まれたコメディーは、何語でやっても成立するような面白さだと思います。

——日本の文化や社会が垣間見られるようなコメディー作品はあったりしますか?

チャドそれでいうと、森繁久弥さん主演の『社長シリーズ』(1956年〜1970年)がオススメです。高度経済成長期の日本の、とことん元気な純粋性や時代感が反映された作品だと感じます。とにかくハッピーになれるけど、それを押しつけていない感じがいいですね。

渋くて大人な感じのお笑いなら、三木聡監督の作品が小粋でオススメです。もし、三木監督の作品が大人っぽすぎるなと思ったら、宮藤官九郎監督の作品、たとえば、『真夜中の弥次さん喜多さん』(2005年)とかから入ってもらえたらいいんじゃないかと思います。日本はお笑いの種類がたくさんあって、コメディー映画もとても面白いので、国内外の方にもっとたくさんの作品に触れてほしいですね。

『真夜中の弥次さん喜多さん』予告編

チャド・マレーン

1979年、オーストラリア・パース出身。お笑い芸人、字幕翻訳家。映画のほかにお笑い公演や絵本、ドラマの翻訳なども手掛けている。

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