映画の世界には、さまざまなスタッフが存在する。今回取材した園村健介氏が務めるのは、アクション映画に欠かせない「アクション監督」という役割。「監督」とも「アクションコーディネーター」とも異なるアクション監督とはどんな役割なのか?
2024年6月開幕の「オンライン日本映画祭 2024」で配信される『ベイビーわるきゅーれ』(2021)でもアクション監督を務めた園村氏。アクション監督の仕事内容から、大きな反響を呼んだ『ベイビーわるきゅーれ』のアクションシーンをユニークなものにした「距離感」や「リズム」の工夫までうかがった。
取材・文:水上賢治 写真:大畑陽子 編集:浅井剛志・森谷美穂(CINRA, Inc.) メイン画像:©2021「ベイビーわるきゅーれ」製作委員会
原点はジャッキー・チェンの真似事
——幼少時、ジャッキー・チェンの大ファンだったとのこと。やはりそれがアクション監督を目指すきっかけになったのでしょうか?
園村:結果的にそうなります。僕らの世代は、ジャッキー映画は必ず通ってきた道で多くの子どもたちが見ていた。僕もテレビで放送されるとビデオに録画して、繰り返し見ては、ジャッキーのアクションを真似していました。友人たちは年齢が上がるにつれて、音楽やスポーツに興味を移していきましたが、僕は熱が冷めなかった。
中学生になると身体も成長して、いままでできなかったアクションができるようになってきた。一つクリアするとうれしくて、新たなアクションに挑む。するとまたクリアできる。自己流で練習し続けるうちに、いつからか「スタントの仕事ができたらな」と考えるようになっていました。
——それで、スタントマンやアクション俳優のマネージメントおよび育成をしている倉田プロモーションに入られたんですね。
園村:はい。高校1年生の冬に映画雑誌『ロードショー』を読んでいたら、倉田プロモーションの養成所「倉田アクションクラブ」の募集広告が目に飛び込んできた。「君もジャッキー・チェンと共演しないか」みたいなことが書かれていて、「これしかない!」とすぐ応募しました。
——倉田プロで学び、スタントマンとしてキャリアをスタートさせたのですね?
園村:はい、倉田プロの時代も、いくつかの作品に出演しています。ただ、高校生だったので学業優先でした。悔しかったですけど、学校を休めない。そのため出演作はかなり少ないです。スタントとして本格的に活動し始めたのは、フリーになってからです。
当時、Vシネマ(東映ビデオが制作した、劇場公開を前提としないレンタルビデオ専用の映画)が流行っていて、ヤクザ役が多かったです。しかしまだ高校を出たばかりのニキビ面で、スーツを着せられてもまったく凄みが出ない。だからメインのアクションには絡めず、後ろのほうでなにかやっているみたいな役ばかりで悶々とした日々を送っていました。そこからちょっとずつ認められていって、スタントマンとして一本立ちしていったんです。
演じる側から、演出する側への転身
——スタントマンという演じる側にいたわけですが、そこからアクション監督という演出する側になるきっかけはあったのでしょうか?
園村:もともと高校時代には、仲間内で自主映画をつくっていて。そこで自分でアクションをつけたり、カット割りを考えたりといったことをしていました。この時期から演出に興味があったんですね。
憧れのジャッキー・チェンは監督もしているし、自分でアクションシーンをつくっている。だから演じるだけではなく、つくる側に立ってやっと自分も憧れの存在に近づけるとの思いもありました。だから、つねにアクション監督というのは自分の視野に入っていました。
演出をするようになったきっかけは、フリーになってそれなりにキャリアを積んで5、6年ぐらい経った頃から、よく声をかけてくれるアクション監督の方々に、「ちょっとここの動きつけといてくれる?」といった感じでシーンのアクションを任されるようになったこと。あんまり重要じゃないシーンでも、自分としては一生懸命に考えてつくる。そういうことが積み重なったとき、出演することよりも、自分が考え抜いてつくったアクションをいろいろな人が見てくれるという事実にやりがいを感じたんです。その時期から、本格的にアクション監督の道を意識するようになりました。
——初めてアクション監督を務めた作品は、北村龍平監督『LOVEDEATH ラブデス』(2006)です。アクション監督デビューで思ったことは?
園村:北村監督とはあるプロモーション映像制作の仕事で出会って、その後『LOVEDEATH ラブデス』でアクション演出を任されました。基本は僕におまかせでしたが、やはり期待を裏切りたくないので、緊張して取り組みましたね。
自分の思い描くアクションをイチからつくることはやはり楽しかったです。ただ、アクション監督の立場になると、予算の管理や撮影スケジュールといった、マネージメントが必要です。それらには苦戦して疲弊しました。正直、アクション監督は自分には向いてないかもしれないと思ったし、「アクションを考える」という好きなことをただやるだけでは成り立たない仕事なんだなと痛感しました。
——そこからアクション監督、アクションコーディネーターなど、演出サイドで活躍されていきます。アクション監督とアクションコーディネーターの違いを教えていただけるでしょうか?
園村:簡単に言うと、任される権限が大きく違います。アクション監督の場合は、アクションの演出はもちろん、現場の管理、カット割り、編集、効果音の入れ方などもすべて担当して自分でジャッジします。
対してアクションコーディネーターは、アクションの動きをつけるのと安全管理がメイン。アングルや編集といったことまでは口を挟まない。アクションの動きをつくって、それを演出家に渡します。ダンスで言うと、振付師みたいな存在でしょうか。
——そうしてキャリアを積み重ね、2017年には香港の世界的なアクション映画の巨匠、ジョン・ウー監督の『マンハント』でアクション振付を担当されています。
園村:自分は香港のアクション映画に影響を受けたので、うれしかったですね。ただ仕事は大変でした。ジョン・ウー監督はギリギリまで考え抜く方で、違うと思ったらたとえ準備が進んでいても白紙に戻す。直前での変更が日常茶飯事なので、その対応に追われました。ただし、それはどんなシーンも妥協しない姿勢の表れで、同じアクションに携わる映画人として刺激を受けました。
ユニークなアクションシーンを生んだ「距離感」と「リズム」
——阪元裕吾監督作『ベイビーわるきゅーれ』でもアクション監督を担当されました。髙石あかりさん演じるちさとのガンアクション、伊澤彩織さん演じるまひろのボディコンタクトが激しいアクションが大きな反響を呼びましたね。アクションシーンはどうやってつくり上げていったのでしょう?
園村:阪元監督との対話を通じて、人間の感情を大切にしていることを感じました。それから阪元監督と僕とのあいだには、ちさととまひろを「無双」にしない、という共通認識がありました。たとえば圧倒的な能力を持つ主人公がスタイリッシュに、クールに敵をなぎ倒していくようなかっこいいアクションにはしたくない。
園村:今作はもっと泥臭い、武骨なアクションにして、敵ともみくちゃになったり、食らいついたりしながら闘うアクションでいきたいと感じました。僕が目指したのは、敵と相対しながらその人物の抱いている感情が伝わってくるようなアクション。一つの動きを通して、その人物の心境や感じていることが伝わってきて、こちらが思わず感情移入してしまうようなアクションにできないかと考えました。
そこで自分でも脚本を読み込んで、アクションを入れる場面の登場人物の感情の流れをまず阪元監督からお聞きしました。そのことを踏まえて、僕がアクションをつくり、まずスタントマンにやってもらう。それを阪元監督に見てもらい、OKならばそのまま本番となる。違ったら修正を加えて新たな形をつくる。そういったやり取りを経て、一つひとつのアクションシーンをつくり上げていきました。
——感情が乗るようなアクションにするために工夫されたことはありますか?
園村:具体的に言いますと、距離感が一般的なアクションよりもかなり近い。普通はきれいにみえるように、腕が伸びきった距離でパンチが当たるようにする。でも、今回は腕が伸びきらない距離で互いに打ち合うような接近戦の争いになっている。見た目のカッコよさよりも、闘っている者同士の感情と感情がぶつかって、なりふり構わず相手を倒しにいっている印象が出るアクションにしています。
それからアクションのリズムも変化させています。たとえば、通常は「1、2、3、1、2、3」と一定のリズムを刻みながら、互いにパンチやキックを繰り出していく。そうすると見ている側はリズムに合わせてアクションにのめりこめます。でも、『ベイビーわるきゅーれ』は「1、2、3」ではなくて、「1、ちょっと間があって2、すぐ3」みたいな、複雑なリズムになっている。だから、簡単にはのれません。でも、次のパンチやキックがどのタイミングで出てくるかわからないから、人間と人間が本気でぶつかり合う、リアルなファイトに見える。それでわざと複雑なリズムにしています。
園村:このことに気づいたのは、真利子哲也監督の『ディストラクション・ベイビーズ』(2016)のアクションコーディネーターを務めたとき。このとき、SNSなどにアップされていた一般人がケンカしている動画を見て、ケンカの動きを徹底的に研究したんです。すると、行動からなんとなく感情が理解できる瞬間があることに気づきました。
たとえばヘッドロックをして永遠に離さない人がいる。それを見ると、たぶん「これを離した瞬間に負けると思っているな」とか、心理が透けて見える。こうした動きをうまく取り込めば、アクションに感情をのせることができるのではないか、または動き一つで感情を表現できるのではないかと考えました。
その考えが、『ベイビーわるきゅーれ』のアクションのベースにあります。その人物の熱量が感じられる、僕なりのオリジナリティーのあるアクションになったのではないかと思います。リアルファイトを見慣れた格闘技ファンにも喜んでもらえるようなアクションを目指しました。
——最後にこれからご自身が目指されるアクションは?
園村:アクション映画も流行りすたりがあるとともに、日々進化して更新されている。ただし僕としてはトレンドにとらわれることなく、10年後、20年後に見ても「面白い」と思ってもらえるアクションをつくっていけたらと思っています。
海外の観客に「あのリズムと空気感のアクションを見るならやっぱり日本の映画」「あのアクションを見たいから日本映画を見る」と思わせるような、世界のスタンダードになる日本のアクション映画を生み出すのが目標です。長く険しい道のりだと思うのですが頑張っていきたいです。
『ベイビーわるきゅーれ』は「オンライン日本映画祭2024」ラインナップ作品です。
オンライン日本映画祭2024
https://www.jff.jpf.go.jp/watch/jffonline2024/
2024年6月5日(水)正午~19日(水)正午:映画配信
2024年6月19日(水)正午~7月3日(水)正午:テレビドラマ配信
※いずれも日本時間。国・地域によって本作が配信されない場合があります。
園村健介
スタント、アクション監督、映画監督。学生時代に倉田アクションクラブに入団、スタントの基礎を学ぶ。数々の作品でスタントプレイヤーとして活動後『LOVEDEATH ラブデス』(2006)にてアクション監督としてデビュー。現在は映画、テレビドラマ、ゲームなど、幅広いジャンルでアクション監督として活動中。