1954年に誕生して以来、60年以上ものあいだ、日本はもちろん海外の人々からも広く愛され続けている「ゴジラ」。『シン・ゴジラ』(2016)の日本での大ヒット、ハリウッド版「モンスター・ヴァースシリーズ」第3弾となる『ゴジラvsコング』(2021)の公開など、近年さらなる盛り上がりを見せている。
「ゴジラ」が時代も国境も越えて愛される理由とは、果たしてどこにあるのだろうか。ゴジラをはじめとする「怪獣」の、「モンスター」にはない魅力とは? 「怪獣画」の第一人者として怪獣映画の黎明期から活躍する開田裕治氏と、ゴジラの最新アニメシリーズ『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』(2021)で、すべての怪獣のデザインを担当した山森英司氏の2人に、その魅力について語ってもらった。
取材・文:麦倉正樹 編集:原里実、森谷美穂(CINRA, Inc.)
観客からつくり手へ、連鎖を生み出すゴジラの魅力とは
──いまや日本はもちろん世界中で人気の「ゴジラ」ですが、その魅力はどんなところにあるのでしょう?
開田:ゴジラがこれだけ長いあいだ人気を保っているのは、やはりいちばん最初の作品──『ゴジラ』(1954)が、非常に質の高いエンターテインメント作品だったことが大きいでしょう。「怪獣」という現実感のないものを、大勢の優秀なスタッフが真剣に考え抜いてつくり上げた映画、それが『ゴジラ』だったのです。
開田:『ゴジラ』が公開された年は、第二次世界大戦後の間もない頃。監督の本多猪四郎さんをはじめ、当時の日本の映画スタッフはほぼ全員が戦争の経験者でした。『ゴジラ』は反戦や反原水爆実験を意図した映画ではありませんが、東京が怪獣に蹂躙される物語を、戦争の悲惨さを体験したスタッフが描けば、戦争の影響が色濃く出てきていると思います。それがちゃんとエンターテインメント作品として成立していた。そこが『ゴジラ』の新しかったところなのでしょう。
怪獣が暴れるというビジュアルは、子どもたちにとっては極上のエンターテインメントです。小さい頃にそれを心に刻み込んだ子どもたちが、大きくなって次のゴジラのつくり手となって登場する。その連鎖が、ゴジラシリーズの面白いところですよね。
山森:それこそぼくの世代は、生まれたときからすでにゴジラがいたわけです。実際、ぼくも1歳にも満たない頃から、親に連れられてゴジラの映画を見にいっていたようで……もちろん、当時の記憶はないのですが、ずっと目を見開いて動かなかったと親から聞いています。ゴジラという存在はそれぐらい魅力的で、小さい頃から刷り込まれているんですよね。
その魅力の源は何かと考えると、「力」だと思うんです。大きな力というのは、子どもたちのあこがれの対象ですから。当時はもちろん、いまでもゴジラほどの強大な力をもつキャラクターは、世界的に見て稀有な存在なのではないでしょうか。
開田:「得体の知れなさ」も大事ですよね。ゴジラの出自については博士がそれらしいことを説明しますけど、ゴジラ自身はしゃべらないですから、本当かどうかはわからない。ただやってきて、去るだけの怪獣。そういう曖昧さを多く残しているところが、またひとつ魅力になっているのだと思います。
山森:人間がどうすることもできない大きな「力」という意味では、自然現象にも近いかもしれません。だからこそ、人々はゴジラに畏怖の念を持つわけです。ゴジラは、ただの大きな生き物──映画『ジュラシック・パーク』(1993)に出てくるような恐竜ではなく、もっと得体の知れないもの。そこに魅力があるのだと思います。
スーツの制約が偶然もたらした「ゴジラらしさ」
──ゴジラの造形面における魅力については、いかがでしょう?
開田:ゴジラは、非常にシンプルな怪獣ですよね。二本足で直立していて尻尾があって背びれがあれば、大体ゴジラに見える(笑)。そういう大まかなルールのもと、映画ごとにいろんなバージョンのゴジラが登場します。
初期のゴジラは、中に人が入って動かしていました。当時のスーツは、あまり首を動かすことができなかったし、そもそも素早くなんて動けません。その結果、山が動くような不思議な歩き方になったと思うのですが、それがゴジラのキャラクターづくりに大いにプラスに働いた。スーツならではの不自由さが、ゴジラの場合はデメリットにならなかったのです。
山森:偶然がもたらす魅力って、結構ありますよね。特に長く続いているコンテンツは、偶然性が大きく働いていることが多いように思います。
開田:最初のゴジラには、「この人がデザインを決定した」といえるような人がいないんですよ。いろいろな関係者の意見を取り入れつつ立体化して……。そこからまた、スーツをつくるうえで若干の変更があり、さらに素材の重さで首が肩にめり込んでしまったりと、さまざまな要因や偶然が絡み合っていまのような形になった。そこも、ゴジラの面白いところですよね。
──おふたりは実際に絵を描かれる方々でもありますが、ゴジラを描く際、どんなところを意識しながら描いているのでしょう?
開田:私の場合は、映画にはないシーンを描くことをつねに意識しています。たとえば、初期のゴジラの場合は、先ほど言ったようにスーツの仕様上、できる動きに制約がありました。そこでイラストではダイナミックに身体をひねる様子を描こうと。
開田:また昔のゴジラ映画では、下からカメラを煽った画は、セットの天井が映ってしまうため撮ることができませんでした。しかし自分が描くのであれば、そういうアングルの制限を取り払ったものを描きたい。そういうことをつねに思っているのですが、最近は全編CGでつくられていたり、それこそ『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』のようなアニメーション作品だったりするので、なかなか難しくなってきました。最近のゴジラは、全シーン、とてもカッコ良く描かれていますから。
──山森さんは、どんなことを意識しながら、『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』のゴジラをデザインされたのでしょう?
山森:やはり、最初のゴジラをモチーフにしようとは思っていました。また、開田さんがおっしゃったように、スーツの制限を外して、自由に動き回れるようなゴジラにもしたいなと。さらには、生物の基本的な構造も考えて、ある程度足は太く、筋肉がついていたほうがいいだろうと。ただ、いちばんこだわったのは「下あご」かもしれないです。「下あご」が小さいと生物としての迫力が出ないから、そこはちょっと大きくしたいなと。
開田:あの「下あご」は、非常に迫力があって良かったです。
山森:ありがとうございます(笑)。とはいえ、みなさんが持たれているゴジラのイメージは外さないようにしたい。歴代ゴジラの要素をパッチワークのように混ぜ合わせるなど、総合的なゴジラのイメージは意識しつつも、初めて見るようなフォルムにしたいなと。いままでのゴジラと同じだったら、アニメーションでやる意味がないですから。
「怪獣」と「モンスター」の違いとは?
──ゴジラは「怪獣」を代表する存在ですが、そもそも「怪獣」と「モンスター」に違いはあるのでしょうか?
山森:怪獣はただの巨大な生物ではなく、誕生した意味やストーリーがあり、兵器を使っても人間の手では太刀打ちできない大きな力を持っている。日本人が抱く「怪獣」のイメージには、そういうところがあるように思います。最近は、「怪獣(kaiju)」という言葉も、だいぶ世界で通じるようになってきているように感じますが、まだまだ少しズレはあるのかなと。
開田:ただ個人的には、アメリカの「怪獣観」みたいなものは、9.11以降ガラッと変わったように思っています。それは、抗えない暴力というものを、身に染みてわかってしまったから。ゴジラの造形に関しても、最初のハリウッド版『GODZILLA』(1998)のときは、生物の延長線上にあるようなものだったけど、『GODZILLA ゴジラ』(2014)から始まった「モンスター・ヴァースシリーズ」に登場する怪獣たちは、われわれがイメージする怪獣にだいぶ近くなっていますよね。
山森:ハリウッドで描かれる怪獣のあり方が変化したのは、つくり手の世代の影響もあるでしょう。アメリカでも子どもの頃にゴジラと出会った人たちが、実際にハリウッドでゴジラ映画を撮るようになってきた。いまは、そういうタイミングなのかもしれません。
開田:もちろん、昔から日本の怪獣映画を愛する海外のファンはたくさんいます。むしろ、熱狂的なファンはアメリカのほうが多いかもしれないです。毎年シカゴで開催される、『G-FEST』という日本の怪獣映画ファン主催のコンベンションにゲストとして招かれたことがあるのですが、ものすごい熱気でしたから。
山森:日本で怪獣映画のファンというと、オタク扱いされるときもあって、ちょっと肩身が狭いかもしれないですね。何でなんでしょう。
開田:日本では、怪獣映画が一度、子ども向けの作品として認知されてしまったからではないでしょうか。ゴジラに関しても、『ゴジラ FINAL WARS』(2004)の公開後、新作がつくられない空白の時代がありました。「平成ガメラ三部作」などは、大人が見ても十分楽しめるものだったと思いますが、幅広い層まで広がらなかった。ただ、そのあと大きく状況が変わっていって……。
──やはり、『シン・ゴジラ』(2016)の日本での大ヒットは、大きかったですか。
開田:そうですね。『シン・ゴジラ』の大ヒットによって、優れた怪獣作品は子どもやマニアだけでなく、一般の人が見ても十分楽しめるということが、ようやくわかってもらえた。と同時に、ハリウッド版のゴジラも再スタートして、今年公開された『ゴジラvsコング』に至るまで、新作が次々と封切られるような状況になっている。
いまはまた、大きなゴジラ・ブームがきているのかもしれません。だからこそ私が心配しているのは、日本でゴジラの映画を見にいっても、子どもの姿があまり見られないことなんです。やっぱり子どもが見てくれないと、10年後、20年後に、ゴジラ映画をつくる人がいなくなってしまいますから。
日本の怪獣映画の未来をもっと面白くするには?
──おふたりは今後、ゴジラ映画はどうなっていくと思いますか?
開田:ハリウッド版ゴジラの続編がつくれるかはわかりませんが、私はやはり日本のゴジラが今後どうなっていくのか気がかりです。『シン・ゴジラ』は大ヒットしましたが、あの続きはもうつくれないと思うので。
とはいえ、ゴジラ映画──ゴジラに限らず怪獣映画には、まだまだ可能性がたくさんあると思っています。『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』を拝見したときも、「あ、こんなゴジラの描き方があったのか」と、すごく驚きましたから。なので、アニメーションのほうも期待しつつ、やっぱり日本産の実写版ゴジラの新作も見たいですよね。
山森:そうですね。スーツとミニチュアセットなど日本ならではの特撮技術を駆使するのも良いですが、それだけを面白がるのは少し違うのかなと思っていて。砂煙や火をCGで足したり、スーツのゴジラにCGを加えてよりリアルにしたり、特撮とCGのハイブリッドでまだまだ面白い怪獣映画がつくれるんじゃないかと思っています。まあ、予算は倍ぐらいかかってしまうかもしれないですけど。
──気候変動、あるいは新型コロナウイルスなど、人知を結集してもなかなか解決の糸口の見えない問題に直面しているいまだからこそ、いよいよゴジラの出番だという気もします。
開田:そうですね。世の中がこれだけいっせいに変わるようなことが自分の生きているうちに起こるとは、誰も思ってなかったわけで。その影響は、何らかの形で出てくるように思います。怪獣映画に限らず、映画というのは時代に対応したものなので。いずれにせよ、フィクションが現実に負けている場合じゃないですよね。
開田裕治
1953年生まれ。「怪獣絵師」として名高いイラストレーター。ゴジラをはじめとした怪獣やガンダムなどロボットのイラストを手がける。過去1,000体以上の怪獣を描いてきており、画集の出版や作品展なども行っている。
山森英司
1967年生まれ。スタジオジブリ出身のアニメーター。担当した作品に『千と千尋の神隠し』(2001)、『ハウルの動く城』(2004)などがある。『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』(2021)ではゴジラをはじめとした怪獣のデザインを手がけた。
インフォメーション
TVアニメ『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』
Netflixにて全13話世界配信中
9月22日(水)Blu-ray&DVD 第2巻発売<全3巻>
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