近年、数々の国際映画祭での受賞や海外での興行などで世界的にも盛り上がりを見せている日本映画。映画はその国の言葉をはじめ、風景、美術、音楽、衣装などさまざまな側面から楽しめるコンテンツだ。
「国際交流基金 日本語国際センター」では、海外で日本語を教える外国人日本語教師に教師研修を実施しており、日本語の授業のなかでは日本映画を使うこともある。映画を日本語学習に活用するメリットには、その言葉が使われている場面や状況がわかりやすいことや、母国にはない慣習や文化が発見できることなど、多面的な魅力があるという。
今回は、同センターで日本語教育専門員を務める本田雅美氏、石山友之氏、羽吹幸氏に、日本語学習におすすめの日本映画について、学習に活用する際のアドバイスを交えてお話を聞いた。
取材:矢部紗耶香 イラスト:チヤキ 文・編集:CINRA, Inc.
観て、聴いて、話して。学びの意欲を高める映画鑑賞
普段使わないような語彙や表現を知ることができる、聞く力が上達する、社会や文化を知ることができるなどさまざまなメリットがある、映画を使った学習法。
日本語国際センターでは、日本の映画を観て、好きなシーンや役者の演技などさまざまな観点から日本語で感想を述べ合う授業を行なったところとても好評だったそう。また授業参加者が有志で「映画クラブ」をつくり、授業外でも継続して映画を使った日本語学習が定着したという。
「初めは話の予測がつきやすい、ストーリーがシンプルな作品がいい」という3人が今回おすすめしてくれたのは、人間ドラマからアニメ、コメディまで、日本語を勉強し始めたばかりの人も、母語の字幕なしで日本映画が楽しめる人も、日本語や日本の社会・文化についてさらに学びたくなるような5作品だ。
1. ストーリーと言葉がシンプルで理解しやすい『サバイバルファミリー』(2017)
ある朝突然、東京近郊で電気、ガス、水道などが停止。家族全員自転車に乗り、1,000キロメートル以上も離れた鹿児島県まで、母方の祖父の家を目指して向かう様子をコメディタッチで描いた物語。デジタル化が進み、スマートフォンが手放せない昨今、生きるために本当に必要なものや大切なことを考えさせられる作品。シンプルなストーリーとセリフなので、母語の字幕なしでも理解しやすいだろう。
本田:この作品はセリフも少なく、登場人物の行動で話の大筋をとらえられるので、今回紹介した作品のなかでも、特にわかりやすい映画だと思います。電気、ガス、水道が使えなくなって困っている様子、東京を脱出して鹿児島を目指していく人の行動などが映像だけでもわかりやすく理解できます。
羽吹:自分が同じ状況になったらどうするか考えながら観ると、よりハラハラする作品です。私たちが常識と思っている社会的な秩序が崩れる世界、私は正直怖かったです。
本田:作中の出来事は、現実の世界で起こる可能性もあります。大雨や地震が起こったら、どんな状況になるか。そんななかで生き延びるためには、どんな知識やスキルが必要か、そんなことを考えたり、話したくなったりするのではないでしょうか。
2. 言葉と向き合う楽しさを教えてくれる『舟を編む』(2013)
本作は、出版社に勤める馬締光也が辞書編集部にスカウトされ、個性豊かな人々とともに15年もの歳月をかけて辞書「大渡海」をつくっていく物語。辞書づくりに取り組む人々の熱い思いがじんわりと伝わってくる作品で、原作の小説は、日本で映画、テレビアニメ、ドラマと、3度映像化されている。
本田:言葉を集め辞書をつくりあげる人たちの物語は、言語を学習する人にとっても楽しめる作品だと感じます。作中で「『右』という言葉をどう説明するか」と問われる場面があり、当たり前に使っている言葉ほどあらためて説明しようとすると難しいことを気づかせてくれる作品でもありました。
本田:ほかにも、主人公たちがマクドナルドに行って高校生たちの会話に聞き耳をたて、新しい言葉の用例を集めるシーンがあります。「言葉へのアンテナを張る」という点で学習にも役立つなと思いました。
羽吹:意識的に知らない言葉を集めて調べて使ってみることは、表現力を伸ばすのにいい方法ですね。
本田:また、馬締くんと同じ下宿先の林香具矢さんは和食の料理人です。彼女が料理人として静かにキビキビと働く姿や、東京の浅草近くにある問屋街・合羽橋に包丁を買いに行くところなど、日本の職人文化や下町の風景を見るだけでも楽しめると思います。
3.実話に基づいた物語が心に響く『フラガール』(2006)
東京から東北方面へ車で3時間ほど、福島県いわき市にある「常磐ハワイアンセンター(現:スパリゾートハワイアンズ)」の誕生背景を映画化した作品。舞台は1965年ごろの福島県いわき市。かつて炭鉱資源によって栄えていたが、時代の流れとともに廃れていき、町おこしのためセンター設立の計画が立ち上がる。
センターで披露するパフォーマンスを身につけるために、東京から呼ばれた講師の女性のもと、見たことのないダンスや初めてする練習に戸惑いながらも、懸命にフラダンスに取り組んでいく地方の娘たちの姿を描いている。
本田:この作品は福島弁が多く使われているので、日本語字幕をつけて観るのがおすすめです。人々が時代の変化を受け入れていくさまや、炭鉱で働く男性が中心だった町で女性も活躍し自立していく様子が描かれているため、心に響いたという方が多くいました。
石山:映画クラブの人たちは、女性が肌を出すことに対する周りの嫌悪感や、東京から来た人に対する地方の人の拒否感、反対に東京の人が地方の人に抱いている偏見というような、日本社会の負の部分も知れて興味深かったと話していました。
また、実話に基づいた作品なので、主人公たちが自分の夢を諦めない姿勢を見て、「こんなに頑張っていた人たちがいたんだ」と勇気が出たという意見もありました。母国に帰ったらぜひほかの学習者にも見せたいという声が多く上がりました。
4.声の演技にも注目『サマーウォーズ』(2009)
細田守氏が監督を務めた長編オリジナルアニメーション。数学が得意な高校2年生の健二が先輩の夏希らとともに、人工知能の暴走に立ち向かっていく物語。公開から10年以上が経って、メタバースは若い世代にはもはや常識だ。
羽吹:劇中の仮想空間「OZ」と夏希の田舎の風景は両極的な世界に思えるのですが、どちらの世界でもみんなが団結して立ち向かっていく姿は感動的ですし、作中に出てくる日本の伝統的なカードゲーム「花札」は知らなくても、ゲーム中の「こいこい」というコールは、観ていると一緒に言葉にしたくなりますよね。
本田:アニメーションもきれいでいいですよね。山や畑が広がる田舎の風景、日本の伝統的な家屋、縁側に飾られ、風が吹くと涼しい音色を出す「風鈴」の音など、ひと昔前の日本が、実在しているかのように描かれています。懐かしさを覚える人もいるかもしれません。
本田:また、作中に「一番いけないことは、お腹が空いていることと独りでいることだから」いうセリフがあり、心に響きました。声優さんの声の演技も楽しんでほしいです。発音もクリアで聞き取りやすいです。
5.幽霊のイメージがくつがえる?『ステキな金縛り』(2011)
弁護士のエミが、「落ち武者」の幽霊・六兵衛の協力を得て被告人の無実を証明しようとするさまをコミカルかつドラマチックに描いた物語。幽霊なのに愛らしい六兵衛の行動が笑いと涙を誘う。日本の幽霊について知ったことをきっかけに、自分の国では? と比較したくなる作品だ。
石山:映画クラブの人たちにとっては、鑑賞後に「幽霊とは何か」について話し合うきっかけになったようです。日本の幽霊といったら、ホラー映画『リング』(1998)のヒットによって人気となった「貞子」をイメージする方が多いのですが、この映画に出てくる幽霊は「貞子」と見た目も格好もまったく異なる「落ち武者」なので。
石山:幽霊のほかにも、「金縛り」の話で盛り上がっていました。金縛りには科学的、生物学的な原因がありますが、日本では幽霊のせいにすることもある。そこも国や地域によって違っていて、アラブだったらジン(精霊のような存在)のせい、ヨーロッパだったら金縛りの幽霊のせいなのだそうです。国ごとに、「似ているけれど少し違う」ところを話し合うことで異文化理解のきっかけになって面白かったという声も多かったです。
また、作中で「シナモン好きの人は幽霊が見える」という話が出てきます。この話を聞いて僕は「なんで?」と思ったのですが、映画クラブの人からは「古代エジプトではシナモンはミイラづくりに使われていた」「ヨーロッパでは黒魔術で使われていた」など、シナモンと死が結びついた文化について教えてもらいました。自分とは異なる文化背景を持つ人と感想を話し合うと、新しい発見があることを実感しました。
笑って楽しめるだけでなく、文化の違いにも目を向けられる『ステキな金縛り』は、一緒に見た人との会話も盛り上がって学習にとてもいい映画だと思います。
本田:話のカギとなる「金縛り」と「落ち武者」という言葉は、先に調べてから観てもいいかもしれませんね。
映画で日本語を学ぶときのアドバイス
映画を活用して日本語を学ぶ際のアドバイスを3人の専門家に聞いた。
本田:母語の字幕なしで見たい場合には、事前に予告編を見たり、あらすじを読んだりすると物語の予測がつきやすくなるのでおすすめです。聞き取りが難しい場合は日本語字幕を表示して、文字と音声の両方で理解するといいと思います。
日本語で感想を述べたり、映画のあらすじを伝えたりする活動も力がつきます。どう伝えるか悩んだときは、ほかの方のレビューを読んでみるといいでしょう。表現方法の発見にもつながります。
羽吹:映画で日本語を学ぶ方法は、どのレベルにも適した使い方があると思っています。映画の象徴的なシーンだけを部分的に観て、有名なセリフを情景と一緒に味わうのもいいですよね。作品のロケ地を実際に訪れてもいいですし、「聖地巡礼」のYouTube動画を見るのも楽しいですよね。
石山:僕はあえて、映画を観るときは「日本語を勉強する」ということをあまり意識しなくてもいいと伝えたいです。うまく聞き取れなかったときや、わからない言葉に遭遇したときに、そこでストップしてしまうのはもったいない。
映画は言葉だけでなく、映像や音楽、衣装などいろんなものが組み合わさっているものです。映画の雰囲気を楽しみながらリラックスして観たあと、感想を日本語で友人に伝えたりSNSに投稿したりしてみる。そうやって日本語学習に生かす方法もあると思います。
◾️インフォメーション
日本語コースブック『まるごと 日本のことばと文化』
独立行政法人国際交流基金が制作したJF日本語教育スタンダード準拠の日本語教材。Can-doを目標にして、日本語と日本文化をバランスよく学べる。本記事は、『まるごと 日本のことばと文化 中級2(B1)』「トピック7 お気に入りの映画」を使った授業を元に作成。
URL:https://marugoto.jpf.go.jp/