物語の奥深さ、キャラクターや背景の繊細な描写が生み出す独自の世界観が、数多くのファンを魅了している日本のアニメ。近年はNetflixなどの映像配信サービスが普及したことで、国内外問わず多くの人が日本アニメを楽しむようになった。
そして、アニメをとりまくカルチャーのひとつに挙げられるのが聖地巡礼だ。作品に登場する地域やスポット(聖地)に足を運ぶことで自らが作品に入り込んだ気分を味わえる聖地巡礼は、アニメファンのなかではすでに親しまれているものだが、じつは日本を旅するうえでも切り口のひとつになるのだ。
TikTokやInstagramで聖地巡礼スポットを紹介する「Otaku In Tokyo」は、そんな「日本アニメ旅」を助けてくれる存在だ。今回は「Otaku In Tokyo」を立ち上げた原田氏に、日本の聖地巡礼の魅力、そしておすすめのアニメ映画作品と聖地を教えてもらった。
取材・文:石澤萌(sou) 編集:森谷美穂(CINRA, Inc.)
原田氏が聖地巡礼の情報発信を行なうようになったのは、2019年頃のこと。それ以前から「日本の文化を世界に広めたい」と考えており、マーケティングを学ぶためイギリスの大学院へ進学したことが「Otaku In Tokyo」立ち上げのきっかけになったそうだ。
原田:大学院の友達や現地の人と話すなかで、特に日本のアニメやポップカルチャーの人気の高さを実感しました。帰国後に広告代理店のデジタルマーケティングの部署で働きはじめたことをきっかけに、自分でもSNSを運用しはじめたんです。
あるとき、学生時代からお世話になっている恩師に「英語の聖地巡礼に関する情報ってすごく少ないから、発信してみたら」とアドバイスをもらい、海外の若い人たちに日本のポップカルチャーを広める切り口のひとつとして、聖地巡礼を紹介する「Otaku In Tokyo」を立ち上げました。
訪れた聖地は全国で100か所以上にもなるという。そこで今回は、原田氏が特に訪れてほしい聖地とそのアニメ映画作品を5つ紹介する。
1.現実描写を忠実に再現し尽くしている『君の名は。』(2016)
1作品目として挙げたのは2016年公開の長編アニメ映画『君の名は。』だ。日本では興行収入250億円を突破する大ヒットを記録した。
東京で暮らす少年・瀧と、山深い村で暮らす少女・三葉。会ったこともない2人は、ある日不思議な夢を見たことをきっかけに身体の入れ替わりを経験する。一見するとラブコメのように思える物語は、やがて衝撃の展開を見せるのだが、原田氏もそのストーリーには驚きを隠せなかったそうだ。
原田:『君の名は。』は、僕が初めて聖地巡礼した作品です。日本国内での上映規模の大きさから海外でも注目されていて、「Otaku In Tokyo」でも最初に取り上げようと決めていました。ストーリーもかなり意外性がありますよね。よくあるラブストーリーかと思いきや途中から一気にシリアスになり、時系列も複雑に交差していき、いい意味で期待を裏切られました。
『君の名は。』では、瀧と三葉がそれぞれ暮らす東京と岐阜・飛騨、そしてクライマックスで登場する長野県・立石公園などが聖地として挙げられる。原田氏はそのなかでも、東京の聖地に訪れた。
原田:主人公・瀧のバイト先である「カフェ ラ・ボエム」新宿御苑店や、瀧と奥寺先輩(奥寺ミキ)がデートした国立新美術館などを巡礼し、作画と実際の風景の一致性に驚きました。新海誠監督作品は、ほかのアニメ作品と比べて背景がすごく細やかに描かれているんです。作中のシーンをプリントしたものを持ちながら比較してみたら、使われている食器まで正確に描かれていて、制作時の努力を感じました。
2.東京の繁華街・渋谷の歴史も描かれた『バケモノの子』(2015)
人間界「渋谷」とバケモノ界「渋天街」を舞台に、孤独な少年・九太とバケモノ・熊徹の冒険を描いた『バケモノの子』。公開から1ヶ月半で動員数400万人突破という記録を打ち立て、2022年には劇団四季によってミュージカル化されるなど、いまでも話題を呼んでいる。
監督を務めたのは細田守氏。細田監督といえば、『時をかける少女』(2006)『サマーウォーズ』(2009)などの作品も世に送り出してきたが、今回、原田氏はなぜ『バケモノの子』を選んだのだろうか。その決め手は「街の歴史を感じられた」ことだと教えてくれた。
原田:東京では、繁華街での防犯対策として、いくつかの街に街頭防犯カメラシステムが導入されています。渋谷もその対象エリアのひとつで、2004年にはセンター街などの公共の場に防犯カメラが設置されました。いまでは当たり前の光景かもしれませんが、当時は設置に反対する意見もたくさん出ていたそうです。
『バケモノの子』のなかでは、防犯カメラが渋谷の街中を映すシーンがあり、渋谷の街が持つ歴史を1カットに落とし込んでいるように感じたんですよね。聖地巡礼に、アニメ作品を楽しむ以上の意味を持たせてくれると感じ、ぜひ紹介したいと思いました。
作中には、人通りの多さで有名な渋谷のスクランブル交差点も登場する。原田氏は、当該シーンにも制作側の情熱を感じたという。
原田:細田監督も、新海監督と同じく「実写なのかな?」と思うくらい描写が正確なんです。特に感じたのは、のちに九太と名づけられる主人公の少年がスクランブル交差点を歩くシーン。大人が子どもを避けるようにすれ違うさまを、背の低い子どもの視点から描いていました。少しスローモーションで表現されていたこともあり、たくさんの大人たちのなかにいる恐怖もしっかり伝わってきて、より作品に没入するきっかけを与えてくれました。
3.非現実的な世界観を味わえる『劇場版ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』(2017)
TVアニメシリーズ『ソードアート・オンライン』初の劇場版作品となる本作は、AR(拡張現実)機能が用いられたゲーム「オーディナル・スケール」へ参加した主人公・キリトとその仲間たちが繰り広げる壮絶なバトルを描いている。
原田:ARゲームというだけあって、作中では新宿、原宿、渋谷、恵比寿など、東京のさまざまな場所が描かれています。現実世界をゲーム化しているので、僕たちがよく歩いている街中で、キャラクターが敵とバトルするんです。
TVアニメ『ソードアート・オンライン』シリーズでは基本的に仮想現実の世界のなかで物語が展開されていくので聖地が存在しないのですが、劇場版になって初めて実際の街が登場するというのも、ファンの方には魅力的に思ってもらえると考えました。
登場する街は一通り訪れたという原田氏だが、最もおすすめしたい場所は東京ドームだという。
原田:東京ドームは「東京ドームシティ」というテーマパークの一角にあるので、場所自体がどこか非現実的に感じるんです。新宿や恵比寿だと日常感が強すぎてあまり実感がわかなかったのですが、東京ドームでは作品のなかに入り込んだ気持ちになれました。主人公・キリトが殴った自動販売機もまったく同じ場所にあったんですよ。一緒に行ったイギリス人の妻も同じような感想を抱いていて、「東京ドームを舞台に選んだ作者の人はすごい!」と感激していました。
4.日常の風景がジブリの世界に変化する『耳をすませば』(1995)
おそらく多くの人が一度は見たことがあるであろう、スタジオジブリ制作の青春アニメ映画『耳をすませば』。読書が好きな中学生・月島雫は、ある日読書カードに記された「天沢聖司」という名前を見つける。雫が読んだすべての本に同じ名前があることに気づいた雫は、会ったことのない彼の姿を想像するようになるーー。
思春期特有の甘酸っぱさを感じられる本作は、聖地巡礼という観点ではどのような魅力があるのだろうか。
原田:登場人物が暮らす街のモデルとなったのは、東京都多摩市北部に位置する聖蹟桜ヶ丘です。行ってみればごく普通の、のどかな住宅街なのですが、作品を見てから訪れると「特別な街」に感じられるのも聖地巡礼の面白いところです。聖蹟桜ヶ丘駅では発車ベルで、本作のテーマソングである“カントリーロード”が流れるので、電車から降りたその瞬間からわくわくしてもらえると思います。
スタジオジブリ作品は、街の特徴をしっかりとジブリテイストに落とし込んでいるんです。このシーンとまったく同じものが現実世界にもある、というよりも「この街がジブリではこう表現されている」という違いを楽しんでほしいです。
たしかに、スタジオジブリ作品からは一貫した美学のようなものを感じる。その美学が織りなす世界観こそが、世界中から愛される理由なのだろう。原田氏は「聖蹟桜ヶ丘を聖地巡礼するなら、絶対におすすめしたいポイントがある」と続けてくれた。
原田:『耳をすませば』のオープニングでは、小高い丘にある公園から聖蹟桜ヶ丘の街全体を見下ろすようなシーンがあります。ここのシーンの舞台となっているのが、桜ヶ丘公園 ゆうひの丘という公園で、すごく眺めがいいんですよ。実際は遠くのほうに東京タワーが見えるほど視界が開けているのですが、映画内では聖蹟桜ヶ丘だけを切り取っているので、ぜひ訪れて全体の景色を楽しんでほしいです。
5.訪れたあとにもう1度観たくなる『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』
社会現象を起こした有名アニメ作品『新世紀エヴァンゲリオン』。それをもとにした劇場版シリーズ『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』(以下、新劇場版)は、2007年に『序』、2009年に『破』、2012年に『Q』、そして2021年に『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開されたことで、ついに物語は幕を下ろした。
物語の舞台は架空の都市である「第3新東京市」。そのモデルとなったのが、神奈川県にある箱根町だ。原田氏は、箱根の街をあげて作品とコラボしたイベント「エヴァンゲリオン×箱根2020」を通して、『エヴァンゲリオン』シリーズの舞台が箱根であることに気づいたそうだ。
原田:僕は小学生のときから『エヴァンゲリオン』のTVアニメを見て育ったので、もちろん『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』もすべて鑑賞済みでした。でも、作中ではまったく箱根らしさは表現されていなかったので、実際に箱根に訪れるまではモデルになっていることを意識していませんでした。
コラボイベントに訪れたのも、特定の聖地を見たいというより、街全体とコラボってどういうことだろう? という興味からでした。実際に行ってみたら、ロープウェイ乗り場に等身大パネルが設置されていたり、船の乗り場にもフォトスポットがあったりと、観光スポットごとに『エヴァンゲリオン』を感じられる仕掛けがあって。パートナーとは「街を上げてコラボするなんて、日本のアニメ文化のすごさを物語っているよね」と話していました。
聖地巡礼は、作中シーンの精密さを感じ取る、もしくは、作品を擬似体験できるものだと感じていたが、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』は一風異なるようだ。箱根を訪れたあと、あらためて作品を見直したという原田氏は、新たな聖地巡礼の喜びを知ることができたと語ってくれた。
原田:これまでは見過ごしていたちょっとしたシーンのなかに、舞台が箱根であることを示唆する情報が散りばめられていたんです。道路標識にも「箱根」の文字があったし、『破』でシンジと加持リョウジが初めて出会った場所が箱根ロープウェイの桃源台駅だと気づきました。そうして答え合わせをしていると、何度も見たことがあるはずなのに初めて触れたような感覚になれたんです。
あらためて考える、聖地巡礼の魅力とは?
ここまでさまざまなおすすめ作品を教えてもらったが、最後に、聖地巡礼の最大の魅力についても伺った。
原田:作者の努力の結晶である作品を、深く味わうことができるところです。なぜこの場所を選んだのか、そして、どのようにリサーチを行なって作品に落とし込んだのか。ただ作品を見るだけでは知り得ることのできない部分に触れ、制作陣と気持ちのつながりを感じられる瞬間は、聖地巡礼をした人だけが体感できるものなんじゃないでしょうか。
さらに、聖地を巡ってから家に帰ったあと、作品を見て追体験してもらう。一連の流れをセットで行なうことで、日本のこともアニメ作品のことも、もっと好きになってもらえたら嬉しいです。
※本記事で紹介した作品に登場する、または関連のある場所へ訪問される際には、近隣住人の方々へのご配慮、及び節度のある行動、マナーに十分心掛けながらお過ごし頂きますよう、お願い申し上げます。
「Otaku in Tokyo」
2019年から外国人に向けて、アニメの聖地やオタクカルチャーを発信。SNS総フォロワーは約50万人。訪れた聖地は全国100箇所以上。聖地には必ずアニメ好きの日本人とイギリス人の二人で訪問し、独自の視点で各地の魅力を紹介。
Instagram:https://www.instagram.com/otakuintokyo/
Tik tok:https://www.tiktok.com/@otakuintokyo