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『鬼滅の刃』をもっと楽しむ豆知識。伝統文化が詰まった本作の魅力とは

Column #Animation

2021/03/29

2021年1月に『千と千尋の神隠し』(2001)を破り、日本の歴代興行収入ナンバーワンとなった『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。劇場版はすでにいくつかのアジア諸国でも公開されているほか、アメリカやカナダでも2021年の公開が予定されている。原作漫画を出版する集英社によれば、漫画は14の言語に翻訳され、33の国と地域で発売。アニメ版もアメリカや中国、台湾をはじめヨーロッパの国で放送された。

『鬼滅の刃』が日本国内でこれほどまでの大ヒットを記録し、海外にまで広がっている理由とはなんなのか? また、物語の舞台となっている「大正時代」とはどんな時代なのか、日本人にとって「鬼」とはどんな存在なのか? 海外のファンが『鬼滅の刃』をより楽しむための日本文化の基礎知識を、アメリカ在住のアニメライターが紹介する。

文:ケイトリン・ムーア 編集:原里実(CINRA, Inc)

中国、アメリカでも人気を博す『鬼滅の刃』

少しでもアニメに関心がある人なら、『鬼滅の刃』の名前はきっと聞いたことがあるだろう。2016年、人気少年漫画雑誌『週刊少年ジャンプ』で、吾峠呼世晴が連載をスタートした本作。2019年、全26話のアニメが放送されるとたちまちヒットし、世界的な『鬼滅の刃』ブームを巻き起こした。中国の動画配信プラットフォーム「bilibili」ではナンバーワンの人気を博し、満点の5つ星に近い評価を獲得。アメリカでは、大手アニメ配給会社「Crunchyroll」が毎年開催するアニメアワードにおいて、最優秀作品賞を含む3つの賞を獲得し、原作漫画も売れ行きを伸ばした。

『鬼滅の刃』のこうした大成功は、なんら驚くことではない。この漫画には、シリーズものを大ヒットさせる条件がすべて揃っているからだ。すなわち、特徴的なキャラクターデザインによる豪華なアニメーション、手に汗握る戦闘シーン、そして主要キャラクターたちが織りなす魅力的な群像ドラマ。

物語の主人公は、炭焼きを営む一家の長男で10代の竈門炭治郎(かまどたんじろう)だ。ある日、炭売りに出かけ、一夜明けて家に戻った炭治郎は、皆殺しにされた家族の無残な姿を発見する。唯一生き残った妹の禰豆子(ねずこ)も、人食い鬼に変えられていた。鬼になってしまった禰豆子を、それでも殺すことができない炭治郎は、妹を鬼に変えた相手を見つけ出し、彼女を人間に戻すための旅に出る。

『鬼滅の刃』アニメシリーズ予告編

日本の『鬼滅の刃』ブームを振り返る

アニメシリーズの時点で『鬼滅の刃』人気は十分な盛り上がりを見せていたが、2020年10月にアニメの続編を描いた映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が日本で公開されると、もはや社会現象と呼べるほどの熱狂的なブームに。初日興行収入の新記録を樹立したほか、累計興行収入も384億円を突破して、日本映画歴代トップだった『千と千尋の神隠し』(2001)を抜き、観客動員数も2,800万人に迫るなど、記録更新を続けている(2021年3月現在)。

このように、日本国内では『サザエさん』や『ドラえもん』などと並び、いまや国民的アニメのひとつになったといえる『鬼滅の刃』。多くのアニメ作品が、マニアックなファン層からの支持にとどまるなかの快挙だ。

こうした国民的な広がりを裏づけるデータもあり、例えばオリコンの調査では、回答者の97.8%が『鬼滅の刃』シリーズを認知しているという結果が得られた。半数近くは、「内容もよく知っている」と答えた。ファン層は子どもから大人、さらには高齢者まで幅広く、その人気は世代を超えている。あらゆる場所で関連商品が販売され、ペット用の服まで売られているほどだ。

書店で平積みされる『鬼滅の刃』。購入点数に制限を設けて販売する店も

とはいえ特に人気が高いのは、やはり子どもたちだ。ベネッセが小学3年生から6年生の児童を対象に、「憧れの人」をたずねたアンケートでは、トップ10に『鬼滅の刃』のキャラクター7人がランクイン。なかでも「竈門炭治郎」は、2位の「お母さん」、4位の「先生」、5位の「お父さん」を押さえて首位を獲得している。

たしかに物語の登場人物として、炭治郎はなかなか良いロールモデルだ。ストーリーはアクション中心で、各話に暴力的な戦闘シーンもあるが、炭治郎は並外れた思いやりのある主人公。『NARUTO-ナルト-』のナルトや『ONE PIECE(ワンピース)』のルフィと違い、炭治郎は自分が力を得るためではなく、この世にたったひとり生き残った家族である妹のために戦う。鬼を斬り殺したときも、炭治郎は人間として生きられなかった鬼の身の上を思って泣く。その優しさゆえに自らが傷つくことになっても、惜しみない優しさを注ぐのだ。実際、他人を思いやる炭治郎の性格は、『鬼滅の刃』を成功に導いた要因のひとつかもしれない。

『鬼滅の刃』がこれほど大ヒットした理由を50人に聞いてみれば、おそらく50通りの答えが返ってくるだろう。『君の名は。』(2016)の新海誠監督や『機動戦士ガンダム』シリーズの富野由悠季監督(旧ペンネーム富野喜幸)など、そうそうたるアニメ監督たちまでもが『鬼滅の刃』のヒットについて語っているほどだ。

「大正」という時代を選んだ点もまた、作品の成功を読み解く鍵のひとつかもしれない。思春期前後の男子を主な読者層とし、戦闘シーン満載で長期連載を主とする漫画の類を、英語圏では「バトルショウネン(battle shonen)」と呼んでいるが、このジャンルにおいては時代背景を現代、もしくはファンタジーに設定するのが一般的だ。しかし『鬼滅の刃』は異なる。

格闘のさなかでさえ家族への献身的な愛情を貫くというテーマ、木版画にインスピレーションを得たといわれる原作者のタッチを取り入れた、アニメスタジオ「ufotable」による美麗なアニメーション。さらに、原作漫画の完結と映画上映のタイミングが、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の最中であったことも、ヒットをもたらす要因であったと考える人は多い。これらをトータルで考えると、これは一生に2度も起こらないような現象ではないだろうか。

『鬼滅の刃』の描写に見る、「大正ロマン」な時代背景

『鬼滅の刃』の数あるユニークな点のひとつに、歴史上に実在する時代がベースとなっていることが挙げられる。例えば『僕のヒーローアカデミア』では、主人公の「デク」がヴィラン(敵)との戦いを繰り広げるのは、現代の日本。『ONE PIECE』が描く海賊の世界は、さまざまな時代設定に着想を得てはいるものの、歴史上の特定の文化や歴史との類似点はない。『NARUTO-ナルト-』の舞台である忍者の里は、昔の日本のイメージの寄せ集めでありながら、近代設備も登場する。一方、『鬼滅の刃』の時代設定は、「鬼がいる大正時代」である。

嘉仁天皇が在位していた大正時代は、1912年から1926年にかけてのわずか14年間しか続かなかった。明治時代に起こった急速な近代化の動きを引き継ぎ、リベラルで左翼主義的な運動が勢いを増して、帝国議会がより権力を持つようになった。欧米からの影響で、芸術や映画、音楽が一気に花開いたのもこの時代だ。

1910年の東京・銀座(提供:国立国会図書館)

『鬼滅の刃』第1話で炭治郎が炭を売りに訪れた町の風景は、大通りの上に張りめぐられた電線という大きなヒントがなければ、近代以前のものと見間違うかもしれない。当時、近代設備と無縁の生活をしていたのは、森のなかにある竈門家の小さな家のような、極端に人里離れた場所に住む人たちだけだった。

また、炭治郎が浅草にたどり着く瞬間は、視覚的にも強い印象が残るシーンだ。活動する人々の賑わいや電灯の明かり、(当時としては)高層の西洋式建物が並んだ往来を埋め尽くす人だかりなど、歓楽街らしい活気に満ちている。炭治郎は人ごみと眩しい明かりに圧倒され、店や食べ物屋や映画館には目もくれず、昔ながらの屋台のうどん屋に飛び込む。

1910年の浅草(提供:国立国会図書館)

シリーズ全体を通して、大正時代を感じさせる重要な要素のひとつが、劇中のファッションだろう。炭治郎も所属する「鬼殺隊」のユニフォームは、明治時代に軍服をヒントとして誕生した「学ラン」だ。その上から、鬼殺隊の隊員はそれぞれの柄の「羽織」を羽織っている(伊之助は例外で、イノシシの頭と麦藁の腰蓑にこだわっているが……)。

当時、浅草では、多様な装いが一堂に会した光景が広がっていた。男性は、伝統的な着物と袴の姿も見られたが、スーツにハットの西洋スタイルが多く、なかには和洋折衷の装いの人もいた。一方、依然としてほとんどの女性は着物姿だったが、わずかながらワンピースをまとった「モガ」ことモダンガールもいた。

学ランを着た学生(左)、モダンな装いに身を包んだモガ(右) (c)314a15926535, CC BY-SA 4.0 / Kagayama Kyoyo, Public domain, via Wikimedia Commons

期間こそ短いが、伝統から近代への大きな過渡期としてのイメージが人々のなかに根づいている大正という時代は、『鬼滅の刃』にぴったりハマったといえる。それは今作が、伝統的な芸術様式や民間伝承、価値観を引用しながら、現代に通用するストーリーを紡ぐ物語だったからだ。

「demon」と英訳された「鬼」。その2つの違いとは?

『鬼滅の刃』のタイトルにも含まれている「鬼」は、英語版では「demon(デーモン)」と訳されている。海外展開のうえでは妥当な言葉を選んだといえるが、日本の「鬼」と西洋の「demon」の概念には、重要な相違点がいくつかある。

英語で「demon」といえば、「アブラハムの宗教」と総称されるキリスト教、イスラム教、それからユダヤ教の一部の宗派に関係するものがほとんどだ。悪魔の使者と見なされる「demon」の主な役目とは、人間が罪を犯すようそそのかし、神の道から外れさせること。暗喩的な存在として捉えている宗派もいくつかあるが、それ以外では、特にローマカトリック教会において、「demon」は実在するものと考えられている。

対して、「demon」よりむしろ「ogre(人食い鬼)」とも訳される日本の「鬼」は、仏教信仰の体系にも関わる部分があり、鬼の起源をもっぱら仏教に求める学者もいるものの、主には民間伝承的な存在だ。日本人のイマジネーションにおいて、鬼が果たす役割は大きく、慣用句や諺も鬼が出てくるものが多い。英語では「game of tag」と呼ばれる遊びも、日本では「鬼ごっこ」だし、節分には「鬼は外! 福は内!」と叫びながら豆を撒く。

日本の民間伝承に登場するは、江戸時代(1603~1867年)に描かれた、鬼の一種「酒呑童子」の絵。伝統的には、日本各地にさまざまな種類の鬼がいる(提供:国立国会図書館)

現在描かれる「鬼」は、頭に角を生やし、虎柄の腰布を身に着けた恐ろしげな巨体の人間で、男性であることが多い。『鬼滅の刃』の鬼は、人間の姿をしていること以外、そのイメージに沿っていないことは明白だ。

むしろ、『鬼滅の刃』の鬼は、もとは人間であったことに重きが置かれる。ある意味、これは昔の鬼伝説に通じる設定だ。伝説に現れるのは化け物、すなわち怒りや悲しみに駆られるあまり別なものに化けてしまう人間で、理性を失った人間を象徴している。だから炭次郎は、鬼を倒しても、強い悲しみや怒りによって鬼になってしまった彼らの悲しい身の上に思いを寄せ、涙を流すのである。

現在の日本の一般的な鬼の姿

歴代『週刊少年ジャンプ』漫画の映画版と、「無限列車編」の違いとは?

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は世界数か国で上映されたものの、北米ではいまだ公開に至っていない。アカデミー賞へのエントリー資格を得るため、マイアミの劇場では2021年2月下旬から3月上旬まで入場者数を限って短期上映を行ったが、大勢の人が観られるようになるまではもう少し時間がかかるだろう。

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』予告編

予告編を観ると、ただでさえ待ち遠しい気持ちがいよいよ煽られる。美しいアニメーション、現れた不気味な鬼を倒す術を求めて奮闘する炭治郎と伊之助、善逸(ぜんいつ)のエキサイティングな戦闘シーンを見れば、映画の面白さを確信するしかない。陰鬱な声で「ねんねんころり」と繰り返し唱える声に続いて徐々に高まる音楽に、背筋のゾクゾクが止まらない。『鬼滅』シリーズのファンとしては新参者の私だが、映画を観られる日をひたすら待ち焦がれている。

一般的に、『週刊少年ジャンプ』掲載の漫画を原作とした映画は、原作をよく知らない観客でも楽しめる、また映画を見逃しても大きな影響がないように、独立したストーリーとしてつくられることが多い。だが『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』はこれと異なり、テレビ版のラストシーンを起点に、原作漫画のひと続きのエピソードを扱っているのだ。そして、2021年の後半に放映が予定されているテレビシリーズのシーズン2は、映画のエンディングから幕を開けることになる。

どうしても待ちきれないという人のために、良いニュースをひとつお伝えしよう。原作の漫画はすでに公式の英語版が入手できる。英語版を展開するViz Mediaによる「Shonen Jump」というアプリで、全23巻を読めるほか、印刷版もほぼ完結している。新たな任務を負った炭治郎と仲間たちが列車に乗り込むところで終ってしまい、その続きが気になっていたテレビ版のエンディングは、そのまま映画版に流れ込む。

映画の公開日はまだ発表されていないが、今年後半のシーズン2の放映開始までに上映されることを願うばかりだ。

ケイトリン・ムーア

ロチェスター大学で日本語と言語学の文学士を取得、20年以上前からのアニメファン。ウェブメディア「Anime Feminist」「Anime Herald」の編集スタッフを務めながら、「Anime News Network」でも定期的にレビューを執筆している。現在は夫とシアトル在住。
https://twitter.com/alltsun_nodere

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