エストニアのタリン在住のアルトゥル・ヴェーベル氏は、映画のプロデューサーとして、また映画祭プログラマーや評論家として、エストニアと日本の文化交流を牽引してきた。
日本映画を海外に紹介する第一人者を紹介する新シリーズ「Exporters」の第一回となる今回は、ヴェーベル氏をゲストに迎え、エストニアにおける日本文化の状況、そしてヴェーベル氏が手がけ大成功を収めている「日本アニメーション映画祭(以下、JAFF)」などについて語ってもらった。
JAFFは、タリンで毎年10日間にわたり開催される映画祭で、「J-ZONE」と呼ばれるコスプレ大会もその一部だ。JAFFの第14回目となる2020年は、コロナ禍で幾度も延期されながらも、最終的に一部オンラインで開催。人気アニメ映画の『未来のミライ』(2018年)、『天気の子』(2019年)、『空の青さを知る人よ』(2019年)、国際映画祭で人気を博した『家族のレシピ』(2019年)、『万引き家族』(2018年)、『コントラ』(2019年)、そして、クラシック映画の『隠し砦の三悪人』(1958年)、ドキュメンタリーの『黒澤明のロシアン・ドリームズ』(2020年)など、さまざまな作品が上映された。
果たして、エストニアをはじめとしたバルト諸国では、日本文化はいったいどのように受容されているのだろうか? ヴェーベル氏は、自身のこれまでの活動や今後の展望を紹介しながら、文化交流の促進を志す人にとって学びとなることをたくさん語ってくれた。
取材・文:能恵アンバー 編集:原里実(CINRA, Inc.)
日本のアニメが大好きな子どものため、大きなスクリーンで上映してあげたかった
——日本映画とは、どのようにして出会ったのでしょうか。
ヴェーベル:子供の頃、東映や東宝など、大手スタジオが手がけた素敵なアニメ作品をたくさん観ました。『長靴をはいた猫』(1969年)、『ちびっ子レミと名犬カピ』(1970年)、『ジャックと豆の木』(1974年)など。エストニアがソ連の一部だった頃に配給されていたものですが、とても印象的だったのでいまでもよく覚えています。
初めてきちんと理解できた日本映画は、黒澤明監督の『デルス・ウザーラ』(1975年)。10歳のときに観て、とても刺激を受けました。
私は日本映画が好きです。日本映画のスタイルは、とても洗練されていると感じます。世界の映画文化はそれぞれの個性を持っていますが、特に日本映画の場合、日本の伝統文化や芸術から受けている影響が非常に大きいと思います。私にとって日本映画を観ることは、日本の文化の発展や、その過程を見ることなんです。

——もともと映画プロデューサーをされているそうですが、そこからJAFFはどのようにスタートされたのでしょうか。
ヴェーベル:私の主な仕事は、映画の製作と配給の二つです。JAFF開催のきっかけは、いまから15年くらい前、私の子どもたちがまだ小さかった頃、日本のテレビアニメシリーズに強く感銘を受けていたこと。そこで、日本のアニメを大きなスクリーンで上映してあげようと思いました。それが2007年、第1回目のJAFFになったんです。
当初は収益を度外視したもので、私の純粋な熱意によるものでした。上映本数も多くなかったですし、大きな映画祭にしていくことが目標ではなかったんです。それでも熱心なボランティアが集まって、よいチームができ、来場者数も2,000人を超えました。こうして第一回が成功したため、継続していこうということになり、今年2021年の4月には第15回の開催を予定しています。
——ヴェーベルさんが個人的に好きな日本映画や、JAFFの観客に特に人気の作品を教えてください。
ヴェーベル:個人的には、アニメでいうと『となりのトトロ』(1988年)、『千と千尋の神隠し』(2001年)がとても好きです。3年前にカンヌで受賞した是枝裕和監督の『万引き家族』(2018年)も良かったです。でも、ベストを選ぶのは難しいですね。
観客にしてもいろいろで、スタジオジブリの熱烈なファンもいれば、今敏監督の『パプリカ』(2006年)のようなまったく違うものが好きな人もいますし、新海誠監督のファンもいれば、ホラー映画が好きな人もいます。日本のホラー映画は素晴らしいですよね、私も大好きです。あと、じつは私は怪獣映画の大ファンでもあります。ゴジラの映画なんかは全部見ていますよ。
——ゴジラの映画には、どのようなかたちで出会ったのでしょうか。
ヴェーベル:1980年代の初めに配給されていた作品に、東映の『恐竜と怪鳥の伝説』(1977年)がありました。それを観て、恐竜映画の恐怖やホラーの要素にインスパイアされました。その後だいぶ経ってから、1990年代の初頭、私たちも配給に携わりはじめて。『ゴジラ対ビオランテ』(1989年)や『ゴジラ対キングギドラ』(1991年)などの作品を、東宝と契約してエストニアで紹介しました。
「ひきこもり」はエストニアでも見られる現象?
——2019年からは、JAFF期間中の週末に「J-ZONE」というコスプレイベントも始められました。コスプレはアニメの周辺カルチャーのひとつですが、このイベントについてお聞かせいただけますか?
ヴェーベル:「J-ZONE」は実験的なものとして開催しました。ご存知のようにアニメの観客層はとても特殊で、多くの若者は日本の文化や生活に強い興味を抱き、影響を受けています。そこで、私たちはJ-ZONEを映画のイベントにはせず、日本の暮らしや料理、カラオケなど、いろいろな文化に関連するアクティビティーをまとめたものにしました。
じつはいわゆる「ひきこもり」は、エストニアでもよく見られる現象です。そういった人たちのためにも、家から外に出て、みんなが楽しく集まれる場を提供したかったんです。
残念ながら、昨年予定していた第2回目のJ-ZONEは今年の半ばに延期となりましたが、第1回目はとても盛況でした。もちろん若い観客はとても刺激を受けていましたし、じつはコスプレイベントに参加したのは若者だけではないんです。私と同じくらいの50歳以上の参加者も、リトアニアから来てくれました。
日本の生活や文化全般についての講演などもあるので、コスプレ好き以外の人たちも、興味を持ってくれています。エストニア人は日本が大好きで、日本の文化はわれわれにとってとても魅力的なんですよ。

——JAFFの他にも、昨年には宮崎駿監督生誕80周年記念の上映会シリーズを、今後はドストエフスキーの生誕200周年記念シリーズ『ドストエフスキーノ』を企画されていますね。
ヴェーベル:はい。じつは昨年の9月にも、ドストエフスキー原作・黒澤明監督の『白痴』(1951年)を上映しました。ドストエフスキーという作家は多くの可能性を広げてくれますよね。興味深く、そして素敵なことです。それはドストエフスキーが、エストニア人、ロシア人、そして日本人みんなで語り合える小説家だからです。
ドストエフスキーは数年間、エストニアに住んでいたこともあるんですよ。今年は、生誕200年を記念して、大きな特集を準備しています。彼の原作を元に製作された、日本の作品も上映する予定です。
これからの100年を見据えて
——最近、フィンランド、ラトビア、エストニアの共同組織である「ノーススターフィルムアライアンス」が、バルトの国々と日本の共同制作を促進するため、日本に事務所を開設したと聞きました。日本とエストニアの共同制作については、現在どんな状況なのでしょうか。
ヴェーベル:日本との共同制作は、バルト諸国の映画人にとってとても魅力的です。われわれの関係はつねに発展の途上にあり、日本のプロデューサーにとって魅力的な企画を見つけられるように努めてきました。しかし、ご存知のように日本には、複数の企業が出資する「製作委員会制度」というものがあり、それはヨーロッパとは違うやり方なので、結果的に日本のパートナーを見つけるのはかなり難しいところです。
昨年私たちは、タチアナ・ミュールバイエルとアクバル・ベクトゥルディエフの共同監督によるドキュメンタリー映画『Silk Strings』を制作しました。エストニア・ウズベキスタン・日本の合作で、ウズベク音楽に影響を受けている日本の音楽家・駒﨑万集さんをフィーチャーした作品です。
2019年に、東京、琵琶湖、そして滋賀県の木之本町にある、丸三ハシモトという楽器用の絹糸をつくる工場で撮影したのですが、奇跡のような出来事でした。橋本さんは、伝統的な生産方法を用いているため、これまでどのメディアにも作業を撮影させなかったそうです。「遠い昔、はるか彼方の銀河系で……」と、極秘の生産方法を説明してくれて、とてもユーモアのある方でした(笑)。
とても印象的な出来事でしたね。現在、本作はコロナウィルスの事情で公開を延期していますが、今年中には日本でのお披露目を目指しています。
——昨年、エストニアで公開された日本映画は何本でしょうか?
ヴェーベル:少ないですね。本数でいうと2本だけで、タリンの「ブラックナイツ映画祭」でグランプリを受賞した『コントラ』(2019年)と、新海誠監督の『天気の子』(2019年)です。新海監督はエストニアでもとても人気が高く、ファンがたくさんいます。
——全体的には、エストニアにおける日本文化の状況はいかがでしょうか? 関心は高まっていますか?
ヴェーベル:日本とエストニアの関係はとても長く、今年は外交樹立100周年を迎えます。いまではエストニア人は日本の文化にとても親しみを持っていて、インターネットで日本についての情報を得たり、多くの若者が日本語を学んだりしています。日本に留学するエストニアの学生を対象とした、日本政府の奨学金制度もあって、利用する人もいますね。
まだまだ両国にとっては友好の発展途中ですし、これからの100年を見据えて続いていくことを願っています。日本の映画やアニメを観ながら文化について少しずつ学んでいくことは、日本という国を再発見していくことだと思います。
——日本文化が好きで、その魅力を発信したいと思いながらも、お客さんを集めるのに苦労している人や、ヴェーベルさんがまさにやり遂げたことをこれから始めようとしている人に向けて、アドバイスをお願いします。
ヴェーベル:とても難しい質問ですね。まずは、自分がやっていることを好きであることが大切だと思います。日本のことが好きならば、活動を続けること。始めたからには、続けるべきだと思います。アイデアを熟考して。せっかく何かを始めても、1、2年で「難しすぎる、お金にならない」と活動をやめてしまう人も多いんです。ですが、自分にとって魅力的なものをつくっていくことで、人はきっと幸せになれると思います。
——日本映画を観たことがなくて、文化についてもあまり知らないエストニア人の友人がいたら、日本映画をどのように説明しますか?
ヴェーベル:まず、『千と千尋の神隠し』を観るべきだと伝えますね。何も説明せず、映画館に閉じ込めてただ観てもらいます(笑)。
アルトゥル・ヴェーベル
幼少期から友人と8ミリ写真を撮影するなど映画に親しみ、1980年代後半にモスクワの映画学校VGIKを卒業。人生のパートナーであるタチアナ・ミュールバイエル氏と出会う。プロデューサーとして携わった『Tangerines』(2013年)は、エストニアとジョージアの合作映画で、「アカデミー賞」「ゴールデングローブ賞」にノミネートされたヒット作。他、エストニア・カザフスタン合作映画『House for Mermaids』(2015年、ヤルキン・トゥイチャフ監督)、ウズベキスタン・ロシア合作映画『Phantoms of the Sea』(2019年、アンドレイ・アルチュノフ監督)などのプロデューサーとしても活躍。2007年に「日本アニメーション映画祭(JAFF)」を創設し、以来、エストニアだけでなくバルト地域全体の熱狂的な日本映画ファンから支持を集める。2017年、旭日双光章を受章。ミュールバイエル氏と2人の子供とともにタリンに在住。
能恵アンバー
ニューヨークを拠点に映画上映のプログラミングに従事。他に、映像と美術関係の日英通訳・翻訳を手掛ける。『Ryuichi Sakamoto: CODA』(2018年)、『Blowin’ Up』(2018年)、『Picture Character』(2019年)や、オンラインメディア「EATER」のYouTubeで公開中の動画シリーズ「おまかせ」などの製作に携わる。2018年コロンビア大学の美術史専攻を修了。
