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Jホラーはタイでどう見られている? 高橋洋×プラッチャヤー・ピンゲーオ対談

Interview #Cineast #Horror

2020/10/01

近年の日本映画は、世界でどのように見られてきたのか? 日本と海外の映画人の対談から、日本映画が海外へ及ぼした影響に迫っていく連載企画「海の向こうの日本映画」。

第1回のテーマは「Jホラー」。『リング』(1998)や『呪怨』(2003)など、2000年前後に相次いで生み出され、日本はもちろん世界の映画ファンからも注目を集めた一連のホラー作品だ。いまも世界のホラー映画に影響を与え続ける「Jホラー」は、一体何が新しかったのだろうか。

『リング』には脚本、『呪怨』には監修として関わり、Netflixで全世界配信中の『呪怨:呪いの家』(2020)でも脚本を手がけたばかりの高橋洋と、『マッハ!』(2003)や『トム・ヤン・クン!』(2005)などのアクション映画をはじめ、近年ではホラー作品『ストレンジ・シスターズ』(2019)も手がけたタイの映画監督、プラッチャヤー・ピンゲーオの2人に話を聞いた。

取材・文:麦倉正樹 編集:原里実(CINRA, Inc.) メイン写真:(c)1998「リング」「らせん」製作委員会

「日本らしいホラーをつくりたかったわけではない」(高橋)

―「Jホラー」を牽引してきたひとりである高橋さんは、『リング』や『呪怨』が海外で評価された理由について、どのように考えているのでしょう?

高橋:そもそも「Jホラー」というのは、作品を見た日本のメディアが、あとからつくった言葉なんです。ぼくたちつくり手としては、「日本らしいホラー映画」をつくろうという気は、じつはまったくありませんでした。むしろ自分が子どもの頃に見ていた、『回転』(1961)や『たたり』(1963)といった1960年代のイギリスやアメリカの恐怖映画を、自分たちなりに復権させようという気持ちでつくっていたんです。

高橋洋

―日本の伝統的な恐怖表現ではなく、アングロサクソン映画の恐怖表現をルーツとしていたわけですね。

高橋:だから、『リング』や『呪怨』が欧米で受け入れられたのも、じつはそれほど驚きではなくて。まあ、ハリウッドでリメイクまでされるとは、さすがに思っていなかったですけど(笑)。

―ピンゲーオ監督は、好きなホラー映画ベスト5のなかに『呪怨』を挙げていますが、どこに魅力を感じたのでしょうか?

ピンゲーオ:『呪怨』について話す前に、まず『リング』の話をさせてください。私は、ホラー映画にとって一番大切なのは、幽霊が登場するシーンだと思っているんですね。だからホラー映画を見るときは、いつもそこを注意して見ていますが、テレビのなかから女性が這い出てくる『リング』の映像は非常に衝撃的でした。既存のホラー映画のパラダイムを覆すぐらい衝撃的だったといっていいかもしれません。

プラッチャヤー・ピンゲーオ(中央)

―それぐらいインパクトのあるシーンだったと。

ピンゲーオ:はい。その後『呪怨』を見る際にも、幽霊の登場に注目していましたが、今度は登場時の音の使い方にとても衝撃を受けたんです。恐怖というものは、音の使い方によってこれほど増すものなのかと。

高橋:細かいところまで見ていただいて、ありがとうございます。確かに『呪怨』には、ショッキングに幽霊が登場するシーンが、これでもかというぐらい入っています。しかも『リング』では控え目だった音の演出も派手になって。

これは、『呪怨』を監督した清水崇監督の意志が大きかったと思います。彼は、『リング』を含む先行するJホラーの抑制された恐怖表現とは、まったく異なる新しいものをつくろうという強い意志を持っていたんです。

「人は、わからないものに恐怖を覚える」(ピンゲーオ)

―そんな「Jホラー」の登場から20年以上が経った2020年。高橋さんはNetflixで配信中のドラマシリーズ『呪怨:呪いの家』で脚本を務めていらっしゃいます。ピンゲーオ監督は、こちらもご覧になりましたか?

ピンゲーオ:はい、非常に興味深く拝見しました。そこでいくつか質問があるのですが、今回の『呪怨:呪いの家』では、以前の『呪怨』とは違って、派手な音の効果をほとんど使っていないですよね。これは意図的にやったことなのでしょうか?

高橋:そうですね。『呪怨:呪いの家』は、物語の舞台となる1980年代の終わりから1990年代の終わりにかけて、実際に日本で起きた凶悪犯罪を重要なモチーフのひとつにしています。それらの事件が、のちに「Jホラー」と呼ばれる作品をつくることになるわれわれの想像力を、いかに刺激したのかを含めて描こうと思ったんです。

『呪怨:呪いの家』は、映画『呪怨』のもととなった実在の呪いの家に関する実録ドキュメンタリーの体裁をとっている

―たしかに劇中では、あの時代の日本を生きた人なら誰でも知っているような猟奇的事件が、テレビニュースで繰り返し報道されていますね。

高橋:実録犯罪映画、ドキュメンタリーのような雰囲気を、今回の作品では出したかったんです。なので、音の効果もあまり使わず、できるだけリアルな演出を意識しました。

ピンゲーオ:なるほど、それは面白いですね。タイ人である私は、もちろん実在の事件については知らないのですが、劇中で報道されている事件の禍々しさは、作品を通して感じ取ることができました。

ホラー映画の恐怖表現で大事なのは、見る側があまり情報を持っていないことだと思うんです。何か不穏なことが起こっているけれど、それが何なのかわからない。そこに、恐怖が生まれるんです。

「これからのホラー映画は、人間ドラマの描き方も大事」(高橋)

ピンゲーオ:あと、もうひとつお聞きしたいのですが、『呪怨:呪いの家』では、なかなか幽霊が登場しないですよね。通常のホラー映画の場合、画面のなかに暗闇があると、そこに必ず何かがいるものですが、今回の作品では――ひょっとすると、私が見落としているだけなのかもしれませんが(笑)、そういうシーンがあっても、結局何も出てこない。観客の期待をあえて裏切ることで生まれる、新しい恐怖感を狙っていたのでしょうか。

高橋:ああ、それはとても面白い指摘ですね。すごく地味な見せ方をしているのでわかりにくいかもしれないですが、じつは何度かぼんやりと映っているんですよ(笑)。今回はそのように抑制の効いた表現を心がけました。まあ、最後の最後はかつての『呪怨』のように、得体の知れないものが、思いっきり派手に登場するわけですが(笑)。その両方の表現をやってみようというのはありました。

訪れた人を不幸に陥れる、呪いの家

高橋:あと、「抑制の効いた表現」と関連してつけ加えたいのが――今回の作品を撮ったのは、三宅唱監督という、まだ30代の若い監督なんです。しかも彼はこれまでホラー映画を撮ったことがない。むしろ、リアルな人間の生活感や、人間ドラマの描き方を評価されている監督なんですね。

これからのホラー映画は、人間ドラマの部分も丁寧に描かないと、なかなか観客が満足してくれないんじゃないかと思うんです。それは、ジョーダン・ピール監督の『ゲット・アウト』(2017)や『アス』(2019)など、最近のアメリカのホラー映画を見ていても感じることです。いまは非常に演出力のある人が、ホラー映画を撮っているなと。

「SNS時代のホラー制作は、難しいが面白い」(ピンゲーオ)

―ピンゲーオ監督も、2019年に『ストレンジ・シスターズ』というホラー作品を手がけていらっしゃいますね。監督というとアクション映画の印象が強かったのですが、本作はどういう経緯でつくられたのでしょう?

ピンゲーオ:アクションに限らず、いろんなジャンルの映画を撮ってみたいとずっと思っていて。ホラー映画にも挑戦したいとは思っていたんです。ただ、今回の映画は、自分的には「ホラー映画」ではなくて。

『ストレンジ・シスターズ』予告編

ピンゲーオ:この映画に登場する「ピー・ガスー」という怪物は、幽霊ではなく、日本でいう「妖怪」に近いものなんです。タイでは、幽霊や怪物などを全部ひっくるめて「ピー」と呼び、区別しません。

私としてはこの映画を、「幽霊」を題材とした「ホラー映画」ではなく、「エイリアン」のようなものと人間の戦いを描いた「ファンタジー映画」のつもりで撮ったんですよ。

生首から内臓をぶらさげた怪物「ピー・ガスー」に呪われた妹を守るため、姉が戦う

―高橋さんは『ストレンジ・シスターズ』を、どんなふうにご覧になりましたか?

高橋:とても新鮮で面白かったです。いま、日本で妖怪を描く映画を撮りたいと思っても、なかなか難しい。昔は日本にも妖怪映画がたくさんあったのですが、いまはフィクション性の高いものって、なかなかリアリティを感じてもらえないんですね。タイにはそういうものを受け入れる国民性があるのかなと、非常にうらやましく感じました。

―それにしてもお二方はなぜ、ホラー映画の恐怖表現に惹かれ続けているのでしょう。

高橋:その質問を受けたときに、いつも答えていることがあって。たとえば、「戦争はいけません」というメッセージを、戦争によって生まれる悲しみを表現することで伝えようとするのは、広く世の中に受け入れられている「正しい」方法だと思います。

しかしそうではなく、ぼくは、戦争によって完全に狂ってしまった人間の怖さを描いたほうが、より深いところまで伝わるような気がする。子どもの頃からずっとそう思ってるんです。ネガティブなかたちをとらないと、他人に伝わらないものがあると。

ピンゲーオ:恐怖というのは、人間のなかから永遠に消えない感覚なんだと思うんです。だからこそ、ホラー映画もきっと永遠につくられていく。しかし、人々が恐怖する対象は時代によって変わりますから、その時代に合った恐怖表現を見つけ出さなければならない。これが非常に難しいと同時に、クリエイティブなところだと思います。

いまはインターネットやスマートフォンがあり、何でも撮影してすぐにSNSにアップできる。そんな現代においてはあらゆることが明るみに出てしまい、テクノロジーがなかった時代と比べて「得体の知れないもの」が介入できる余地が非常に少なくなっています。その意味で、今後のホラーづくりはさらに難しく、挑戦しがいのあるものになるのではないでしょうか。

高橋 洋(たかはし ひろし)

1959年生まれ。1990年に脚本家デビュー。『女優霊』(1995)『リング』(1998)などのホラー映画でJホラーブームを引き起こす。他の脚本作に黒沢清監督『蛇の道』(1998)、鶴田法男監督『おろち』(2008)、三宅唱監督『呪怨:呪いの家』(2020)など。監督作に『ソドムの市』(2004)、『霊的ボリシェヴィキ』(2017)など。

プラッチャヤー・ピンゲーオ

1962年生まれ。MVの監督として活躍後、『The Magic Shoes』(日本未公開 / 1992)で長編映画監督デビュー。監督作に『マッハ!』(2003)、『トム・ヤン・クン!』(2005)、『ストレンジ・シスターズ』(2019)など。

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