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映画の食卓を彩るフードスタイリストって? 飯島奈美に訊く

Interview #Cineast #Culture

2021/09/29

監督、俳優、脚本、カメラマン、美術……映画製作の現場では、多くのプロフェッショナルが知見を結集させて作品づくりに取り組んでいる。JFF+では、そんな映画を支える仕事一つひとつを紹介する連載『舞台裏の匠たち』をスタート。第1回として、フードスタイリストの飯島奈美氏にご登場いただいた。

映画『かもめ食堂』(2006年)でフードスタイリングを手がけたことをきっかけに、『南極料理人』(2009年)、『深夜食堂』(2009年〜2016年)、是枝裕和監督の作品など、数々の映画やドラマで美味しい食卓をつくってきた飯島氏。映画に携わるようになったきっかけや、好きなことを仕事にした実感について話を聞いた。

取材・文:羽佐田瑶子 編集:井戸沼紀美(CINRA, Inc.)

視覚で味を表現。食べ物のシーンすべてを支える立役者

──はじめに、フードスタイリストとはどのようなお仕事か教えていただけますか?

飯島:映画に食べ物が出てくるシーン全般に関わるお仕事です。登場する料理をつくったり、俳優さんが調理をするシーンのサポートをしたり、画面に映る調理器具や食器などの小道具を準備することもあります。現場には基本的に一人で参加しているのですが、OKテイクが出るまでに何回お料理をつくるのかが事前にはわからないので、毎回多めに準備をしていきますね。

飯島奈美氏

──スクリーン越しでは、お料理の匂いも味もわからないので、視覚だけで観客に「美味しそう」と感じさせるのは大変なことなのではと想像します。これまでたくさんの現場を経験されて、どんなところに難しさを感じますか?

飯島:映画の現場は時間との勝負なので、料理をつくるタイミングが難しいですね。下準備をしておいて、撮影が始まりそうなタイミングを見計って、つくりたての料理を用意する。料理によっては冷ましたほうが綺麗に映ることもあるので、内容によって美味しそうなタイミングを計算します。

あとは、自然だけど美味しく見える盛りつけも考えます。たとえば、豚肉の生姜焼きなら肉を10枚ほど焼いて、主役にしたいチャーミングなお肉を決め、それを中心に盛りつけるんです。飾りすぎず、雑になりすぎないバランスを見極めていますね。

──もしも「不味いご飯をつくってください」というオーダーが来た場合は、どう応えますか?

飯島:「美味しそう」とイメージする料理の反対をつくると思います。お肉なら、焼き色がしっかりついているほうが美味しいと思うので、「まずそうに」と言われたら反対に、メリハリの少ない味のうすそうな料理をつくってみるとか。

実際に一度だけ、南極観測隊員の食卓を描いた『南極料理人』(2009年)という映画の現場で、料理が上手ではない奥さんがつくる「脂っこい唐揚げ」をつくってほしいとオーダーされたことがありました。画面ではまずそうに映さなければならなくても、撮影現場では俳優の方々が料理を食べます。ですから、まずは唐揚げにあう、ごま油を加えたタレをつくって、あくまで味は美味しく、見た目はべちゃっとさせる工夫をしましたね。

映画『南国料理人』予告編

初参加は伊丹十三監督の映画。フードスタイリストになるまで

──日本で「映画のフードスタイリスト」が世間に認知され始めたのは、ごく最近のことのように思います。飯島さんはどのようにキャリアを積み重ねられたのでしょうか?

飯島:保育園の調理師をしている母が楽しそうに働く姿を見ていて、小さなころから漠然と料理に対するあこがれを抱いていました。それで、栄養士や調理師の資格を取るために栄養専門学校に進学したんです。

卒業後の進路を考えているとき、料理雑誌のスタッフクレジットに「フードスタイリスト」と記載されているのを見つけ「この仕事をやってみたい」と思ったのですが、当時求人サイトなどでは「フードスタイリスト」の募集が見つかりませんでした。そこでまずは料理雑誌の編集プロダクションに応募しました。もともと飽きっぽい性格なので、好きなことを仕事にしないと続かないと思ったんです。

すると、面接してくださった方が知り合いのフードスタイリストさんを紹介してくださり、21歳で運良くアシスタントになることができました。

飯島:当時の師匠が伊丹十三監督の作品に携わっていたことがきっかけで、私も『大病人』(1993年)から映画の現場をお手伝いすることになりました。当時、フードスタイリストが関わっている映画は珍しかったので、貴重な経験をさせてもらったと思います。

──伊丹十三監督といえば食通で知られ、映画に出てくるお料理もたいへん魅力的です。現場で印象的だったことは?

飯島:映画のなかに「叫化鶏(きょうかどり)」と呼ばれる中華料理(茹でた鶏を蓮の葉に包み、さらに土で包んだものをオーブンで蒸し焼きにする、偶然鶏を手にした物乞いが屋外で調理をしたことから生まれた調理法とされている)が登場した際のこと。私と他のアシスタントは伊丹さん行きつけの中華料理屋店に送り込まれ、「叫化鶏」のつくり方を習いました。ワンシーンのためにそれだけの情熱をかけることに驚くと同時に、監督のイメージを具現化する楽しさを知りました。

28歳で独立してからは、広告やCMの仕事を中心にしていました。とあるパンのCMで女優の小林聡美さんとご一緒したことがきっかけで、荻上直子監督の映画『かもめ食堂』(2006年)に携わることに。それが初めて正式に「フードスタイリスト」として参加した映画です。

映画『かもめ食堂』予告編。Netflixにて日本国外でも配信中

一目見て、「美味しそう」とわかる料理をつくる

──飯島さんが手がけるお料理は、毎日食卓にのぼるような、日本の家庭料理が多い印象です。飯島さんにとって日本の家庭料理の魅力とは?

飯島:季節を感じられるところだと思います。四季折々で旬の食材が違いますし、夏はそうめん(小麦粉でできた細い麺。冷やして食べることが多い)、冬は鍋(野菜や肉を煮込んだ鍋をそのまま食卓にのせ、個々人で取り分けて食べる料理)など、食卓に並ぶ定番料理が変わるのも楽しいですよね。

──台本に「美味しい料理をお願いします」と、漠然としたオーダーだけが書かれていることもあるそうですね。その場合は、どのようにメニューを構想されるのでしょうか。

飯島:一目で「美味しそう」だとわかる料理を基本にしています。どんな味なのかを想像するまでに時間がかかる料理はあまりつくらないですね。

飯島:あとは、台本を読んだり美術セットを見せてもらったりして、料理をつくる人の性格や暮らしぶり、作品の舞台となる場所や季節から料理を考えます。

たとえば作品のなかで「肉じゃが(じゃがいもなどの野菜と肉を醤油と砂糖で煮た家庭料理)」をつくる場合。登場人物が一人暮らしの若者だったら、じゃがいも、玉ねぎ、肉、と最低限の具材だけを使います。対して、世話好きのお母さんの役が料理をつくるとしたら、きぬさやなどの野菜を加えて、彩りよく仕上がるような工夫をするんです。

──これまで参加された映画で、印象的だったお料理をあえて一つ挙げていただくとどれになりますでしょうか?

飯島:悩みますね……担当した映画の料理にはどれも思い出がありますけど、初めて携わった『かもめ食堂』(2006年)の料理はどれも印象的です。同作はフィンランドを舞台にした物語で、撮影も現地のスタッフたちと行ないました。

劇中には「おにぎり(白米をにぎって成型した料理。なかにさまざまな種類の具が詰まっている)」が看板メニューの食堂が出てくるのですが、日本料理に馴染みのないフィンランド人のスタッフたちに、食べたこともない料理を美味しそうに撮ってもらえるのかが不安でした。

そこで、撮影前に一度、スタッフ全員におにぎりを振る舞うことになったんです。初めは恐るおそる食べる人もいましたが、撮影が進むにつれておにぎりの美味しさを理解してくれたのか、現場におにぎりを置いておくと、取り合うように食べてくれるようになりました。海外の撮影で日本の家庭料理を紹介して、好きになってもらえたのはすごく嬉しかったです。

自分の作風よりも、物語を大事にしたい

──飯島さんのお料理と映画の世界観をマッチさせるために、監督とどのようなコミュニケーションをとるのでしょうか。

飯島:基本的に映画のなかでは、自分の作風は出したくないと思っています。映画の物語を一番大事にしたいと考えているので、お料理についても、フードスタイリストが入っていると思われないくらい、画面に溶け込んでいてほしいんです。ですから台本をじっくり読み込んで、監督と相談しながらつくる料理を決めていくことを大切にしていますね。

飯島がフードスタイリングを手がけた映画『深夜食堂』(2015年)予告編。『深夜食堂』シリーズはNetflixにて日本国外でも配信中

──映画のフードスタイリストを目指したい場合、どのようにキャリアを積むことをお勧めされますか?

飯島:日本でフードスタイリストになりないならば、日本の家庭料理は勉強しておくべきだと思います。

加えて、好きなフードスタイリストがいるならば、SNSなどを利用して直接コンタクトを取ってみるのも良い手なのではないでしょうか。積極的に自分から挑戦してみてください。

私はもともと料理が好きでしたが、料理を仕事にしたいまも飽きることはなく、むしろ日に日に食への情熱が高まっています。お休みの日まで、食材や道具、自分の好きな味を探し求める毎日です。

──ありがとうございます。最後に、飯島さんがお好きな映画の料理を教えていただけますでしょうか。

飯島:伊丹十三監督の『タンポポ』(1985年)で、死ぬ間際の母親が中華鍋いっぱいに炒飯をつくるシーンが好きです。母親は料理をつくったあと、そのまま亡くなってしまうのですが、「ご飯はあったかいうちに」と、家族が泣きながら炒飯を食べる様子が印象深いです。

飯島奈美(いいじま なみ)

東京生まれ。フードスタイリスト。2005年の映画『かもめ食堂』(荻上直子)参加をきっかけに、映画やテレビドラマのフードスタイリングを手がけるようになり、映画『南極料理人』(沖田修一)『海街diary』(是枝裕和)『すばらしき世界』(西川美和)、ドラマ・映画『深夜食堂』、ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』といった話題作を担当。『LIFE』『深夜食堂の料理帖』(共著)『サンジの満腹ごはん』『シネマ食堂』など著書多数。

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