シンガポール・フィルム・ソサエティー(SFS)は1958年、当初はクラシック映画の上映を基とする団体として産声を上げた。初イベントで上映したジョセフ・フォン・スタンバーグ監督『嘆きの天使』(1930)は、会場に入り切らないほどの観客を集める人気ぶり。以来、映画上映をはじめ教育、啓蒙を軸として精力的に活動を続けている。
1983年、SFSはシンガポールにおける日本文化と日本映画の促進を旗印に、初の「日本映画祭(JFF)」を開催。現在は国際交流基金を含む他団体との共催となっており、SFSが開催するイベントのなかで最も参加者が多く、ファンに心待ちにされる存在だ。
インタビューシリーズ「Exporters」の第2回では、日本映画の魅力やJFFの不動の人気の理由について、SFS代表のケネス・タン氏とJFFのプログラマーのセイ・ペン・ホー氏に話を聞いた。
取材・文:ベン・ディマグマリュ 編集:原里実、森谷美穂(CINRA, Inc.)
シンガポールで日本映画はどう受容されている?
──シンガポールで公開される映画全体のなかで、日本映画はどのようなポジションにあるのでしょうか?
タン:シンガポールの興行収入に占める割合は、約85%がハリウッド映画、残りの15%がそれ以外の映画です。大まかに言えば、その15%のほぼ半分がアジア映画で、うち中国語映画・日本映画・韓国映画・タイ映画・インド映画がそれぞれ同じくらいの割合を占めます。
シンガポールで最初に商業的に大成功を収め、100万シンガポールドル(日本円で約8,200万円)を超える興行収入を記録した日本映画は、『仄暗い水の底から』(2002)でした。これが呼び水となって、後にハリウッド版も制作された『呪怨1』『呪怨2』(2003)につながっていったという流れです。

──国土もあまり広くないシンガポールの人々にとって、映画は生活に欠かせない娯楽で、日本映画も人気が高いと聞きます。お二方にとっての、日本映画との出会いについてお聞かせいただけますか? また、いまでも忘れられない、強烈な印象を残した日本映画は何でしょうか。
タン:私の場合は、14歳のときにシンガポールの映画館で観た『泥だらけの純情』(1977)が、記憶に残っている最初の日本映画です。主演は山口百恵と三浦友和。当時、こういう恋愛映画がすごく人気だったのです。
この作品も楽しく鑑賞しましたが、最も印象深い作品といえば、黒澤明監督の『羅生門』(1950)と伊丹十三監督の『タンポポ』(1985)を挙げますね。この2つはまったくタイプの違う映画です。日本映画がなぜ世界中で称賛され、愛されているのか、その理由のひとつを完璧に示してくれるのが『羅生門』だと私は思うのです。一方、『タンポポ』は「食」を愛する人なら誰でも楽しく観られる作品だと思います。
ホー:私の日本映画との出会いも黒澤明監督の作品で、『悪い奴ほどよく眠る』(1960)です。映画の世界に足を踏み入れた当初、映画学校に通い始めて、もちろん日本映画についても研究しました。日本映画といえば、当然ながら黒澤監督、小津安二郎監督、溝口健二監督は話題に上ります。私も、彼らの作品から日本映画の勉強を始めたんです。
なかでも黒澤映画から観るようになったのは、ある面で最も分かりやすいと思ったからです。私が最初に観たのもやはり『羅生門』で、当時、私は兵役中でした。1日1本ずつ黒澤作品を観ていましたが、『悪い奴ほどよく眠る』を観たときは完全に夢中になってしまいましたね。誘拐事件に社会問題を絡めながら、この上なくノワールなタッチで語りかけてきて、それはもう面白かったです。「サムライ」や「ゲイシャ」が登場するようないわゆる「日本的」なものではなくて、もっと現代的な日本社会への問いを投げかけた作品です。
もう1本挙げるなら、小津安二郎監督の『東京物語』(1953)ですね。ありきたりな答えかもしれませんが、私の映画学校時代、小津氏は映画監督として大きな刺激を与えてくれる存在でした。
会場の熱気は最高潮。『カメラを止めるな!』上映時のエピソード
──シンガポールではいま、どんな監督や作品が人気でしょうか?
タン:JFFでは、日本映画の有名監督の作品はどれも人気が高いと思います。黒澤明監督の回顧特集のときは、シンガポール全国版の日刊紙11紙に映画祭の記事が掲載されました。当時JFFのチケットは無料配布だったんですが、あの時は電話が殺到して、大使館の代表電話は3、4日間ずっと鳴りっぱなし。上映会の入場券は、55分で配布終了となりました。これがひとつの例ですね。
宮崎駿監督やスタジオジブリの作品は、たとえ再上映でもつねに集客が見込めます。あとは有名な小説や人気漫画の映画化作品も人気ですね。最近では小説『君の膵臓を食べたい』のアニメ映画(2018)も盛況でした。
ホー:2年前にJFFで上映した『カメラを止めるな!』(2017)も大変な人気でしたね。映画祭のオープニングを飾ったのですが、客席は超満員。私はすでに1回観ていたのですが、あの夜は私の映画鑑賞歴のなかでも本当に特別な体験だったと思います。誰も彼も笑い転げて、会場の熱気は最高潮でした。これまで開催したなかでも最高の上映会のひとつだったと思います。ほかに現代の監督としては、インディペンデント系やミニシアターのファンの間で是枝裕和監督や黒沢清監督が人気ですね。

1983年から続くJFF。作品選定の基準は?
──1983年にJFFが初めて開催されるまでの経緯を簡単にお聞かせください。
タン:1983年、私はまだSFSの新人でいまより随分若かったのですが、映画協会として自然と集まってくる協議事項を解決すべく、つねに各国の大使館などと密接な連絡を取り合っていました。ですから、日本をはじめいろんな国の大使館とはすでに対話していたのです。
1983年、私たちは在シンガポール日本大使だった深田宏大使にコンタクトを取りました。同じ年、当時の日本の首相・中曾根康弘氏が公務でシンガポールを訪れ、その後、当時のシンガポール首相も来日を果たしました。この一連の流れが両国にとって大きな意味を持つ出来事となり、文化や経済、教育などにおいて日本に関連した活動に拍車がかかった1年になったのだと思います。
そんなわけで、JFFのようなイベントを始めるのにはとてもよい条件が揃っていました。SFSはそれまでにも、小津監督や黒澤監督、溝口監督の作品を中心とする日本映画を上映していました。でも、映画祭を開催したり、一連の作品をまとめて上映したりしたことはなかった。そこで、映画祭をスタートしようということになったのです。
──上映作品はどのような基準で選定しているのでしょうか?
ホー:自分たちがその作品を好きか、映画館で観たいと思うかどうか、が最も基本的な判断条件です。2番目の基準は、その作品が映画的に、もしくは文化的に重要か、ということでしょうね。
作品選定はとても難しい場合もあります。例えば、映画としては重要な作品であっても、表現がわかりにくく、監督の意図を理解できる人が少ないのではないか、といった場合などですね。また、集客は見込めなくても、鑑賞した人たちには必ず「観てよかった」と思ってもらえることが明白な場合、その作品を上映する価値があるかどうかの判断を下す必要もあります。それから、コストの問題もありますね。こうしたいくつもの要素を考えつつ、なんとかうまく調整する努力をしているわけです。

日本映画と社会の「多様性と二面性」
──日本映画のどんなところに魅力を感じますか?
ホー:日本の社会や文化そのものもそうですが、日本映画はとても多様性に富んでいます。ごく保守的なメロドラマや恋愛ものから、『カメラを止めるな!』のような一風変わった異色作まで。日本のインディ―ズ映画制作者たちがこのような強烈なオリジナリティーを持ち、多様性と新規性にあふれる作品をつくり上げているという点に、とても魅力を感じます。
タン:私が日本映画で最も好きな点は、日本社会のリアリティーが映画にしっかり反映されているところです。こうしたところに気がつくのは、私が日本を訪れて滞在する機会が多いからだと思います。
日本の社会や文化は、保守的でありながら新しいものに対してもオープンであったり、伝統を重んじる一方で未来志向でもあったりと、さまざまな対照的な要素が共存しているところに魅力を感じます。こうした微妙に異なるものが共存しているという日本文化の特徴は、私が観たほとんどすべての日本映画に描写されていました。どの国の映画であっても、社会と文化のデリケートな部分が巧みに描かれていれば、それは名作になるんです。
これはホーさんの話にあった多様性にも関係することですが、若干異なります。言ってみれば「二面性」でしょうか。
ホー:そうですね。じつは、今年の映画祭のテーマを決めるときに私たちが考えていたのが「二面性」でした。
さまざまなパートナー団体と協力。今年のJFFのハイライト
──2021年のJFFは10月7日から開催される予定ですね。今回の見どころは何でしょうか?
ホー:映画祭は、ご協力いただいているパートナー団体ごとに、いくつかの部門に分けて構成されています。日本のパートナー団体と共同でつくり上げる、というのが今回私のやりたかったことのひとつです。
これまでにもつながりのあった「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」や「ショートショートフィルムフェスティバル」との共同企画もあります。PFFは監督の初作品を応援する映画祭。JFFでは当初からデビュー作品にスポットを当てたいと思ってきましたし、これまでもPFFで好評だった作品を毎年1、2本上映していましたが、今年は特集を組みます。国際的な知名度があまり高くないPFFの取り組みを、広く紹介できれば思っています。これが今年のプログラムのハイライトのひとつです。
ショートショートフィルムフェスティバルも、日本の短編映画をバックアップする大変重要な映画祭。共同企画では、かれらが用意してくれた作品リストから、私たちが選んだ映画を上映します。
ホー:最後は、ベテランの映画制作者たちとのトークをお送りするマスタークラスの部です。前回は撮影監督の浦田秀穂氏をゲストにお招きしました。2018年の「ロカルノ国際映画祭」で最高賞となる金豹賞に輝いた『幻土(げんど)』(2018)をはじめ、シンガポールで多くの映画を手掛けてきた方です。
今年もすごく面白くなりますよ。東京藝術大学映像研究科で修士号を取ったリャオ・チエカイ監督がゲストで登場します。黒沢清監督に師事し、日本で長編2本と短編を数本制作されています。彼の作品を観たとき、すごく日本の雰囲気を感じたので、ゲストに呼んだら面白いのではと思ったんです。
タン:それから今年は、日本とシンガポールの外交関係樹立55周年であることもつけ加えておきます。シンガポール政府観光局も私たちのパートナー団体に名を連ねていて、今年のJFFでは日本とシンガポールの共同制作映画も上映します。
シンガポール出身のエリック・クー監督は、映画『家族のレシピ』(2018)を大半は日本で、一部はシンガポールで撮影しました。歌手の松田聖子も出演しています。ほかにも、沖縄とシンガポールを舞台にして共同で制作された『ジーマーミ豆腐』(2017)や舞台として一部シンガポールが登場するアニメ映画『名探偵コナン 紺青の拳(フィスト)』(2019)などの上映も予定しています。
──濱口竜介監督特集も予定されていると聞きました。
ホー:はい。今回のパートナー団体があと2つあるのですが、そのうちのひとつであるアジア・フィルム・アーカイブと共同で、濱口監督作品の小規模な回顧特集を予定しています。それから、ザ・プロジェクター(シンガポールで3人の女性が2014年に開業したインディペンデント映画館)の協力で、日本人女性監督の作品を上映します。いまもこれからも、シンガポールのみなさんに日本映画がもたらす感動と楽しみをもっとお届けできるよう、新たなパートナーシップを築いていきたいと思っています。
ケネス・タン
ティーンエイジャー時代から成人後まで、映画とメディアの世界ひと筋。メディアコープTV COOおよびメディアコープラジオ CEO、ゴールデンヴィレッジ 常務取締役、メディア開発庁 副会長などを務め、シンガポール最大手のメディア機関を牽引。1984年の就任以来、最も長くSFS代表を務める。シンガポール国立大学の経営学部を首席で卒業。数々のパネルディスカッションの司会やさまざまな基調演説を行い、3大陸14か国の映画祭や会議で国家代表団の代表も務めてきた。
セイ・ペン・ホー
プットナム・スクール・オブ・フィルム・アンド・アニメーション卒業後、SFSのプログラミングマネジャーとしてJFFのプログラミングチームを率いている。
