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日本映画の多様性を守るために。諏訪敦彦が考える映画業界の未来

Interview #Cineast #Culture

2022/09/29

いま、世界各国の映画界は転換期にあります。性暴力を容認しないムーブメント「#MeToo」運動が世界的な広がりを見せたのは2017年ごろ。以降、現状をよりよいものにするために一人ひとりが活発に意見を発信するようになりました。そのなかで、映画の仕事をめぐる環境改善を求める動きも現れています。

2022年6月、日本でも持続可能な映画業界の未来をつくるための団体「action4cinema / 日本版CNC設立を求める会(通称:a4c)」が発足しました。今回の記事では、本団体の共同代表を務める映画監督の諏訪敦彦氏に取材。何度もフランスで映画を撮影してきた監督の経験もまじえながら、action4cinemaの活動内容や日本映画界の現状、今後の展望についてお話をうかがいます。

取材・文:羽佐田瑶子 写真:玉村敬太 編集:井戸沼紀美(CINRA, Inc.)

是枝監督とも共鳴したコロナ禍の危機感

──諏訪監督は内山拓也監督、是枝裕和監督、岨手由貴子監督、西川美和監督、深田晃司監督、舩橋淳監督とともに、2022年6月「action4cinema / 日本版CNC設立を求める会」を立ち上げられました。団体立ち上げの経緯について教えていただけますか?

諏訪団体立ち上げまでには、さまざまな経緯がありました。ぼく個人の話でいえば、日本の映画界における助成システムの必要性を強く感じるようになったのは、新型コロナウイルスの蔓延がきっかけです。

諏訪敦彦監督

諏訪2020年2月、ぼくが監督した映画『風の電話』が「第70回ベルリン国際映画祭」に出品されたときのことです。ベルリンから帰国すると、映画祭から一斉メールが届きました。そこには映画館の入り口が緊急テープでぐるぐる巻きにされているシンボリックな写真と、世界中の映画館が感染防止対策の影響で閉鎖を余儀なくされていることを伝える文章が載せられていました。

それで、ハッとしたんです。「ミニシアター」と呼ばれる日本のアートハウス系の映画館も、このままでは閉館してしまうのではないかと。そこで、小規模映画館を守るための署名活動SAVE the CINEMAをスタートさせ、同時期に立ち上がった「ミニシアター・エイド基金」と連動しました。

「ミニシアター・エイド」は深田晃司監督と濱口竜介監督が発起人となって有志で立ち上げた映画館の緊急支援プロジェクト(Instagramで投稿を見る

──「ミニシアター・エイド」は全国の小規模映画館に支援金を分配することを目的にクラウドファンディングを開始し、1億円という目標金額を掲げていました。

諏訪自分もそんな額が集まるのだろうかと半信半疑でした。しかしじっさいに蓋を開けてみたら、なんと3億3,000万円以上もの応援金が集まった。さらに、この盛り上がりを追い風に、署名も9万筆を超え、ミニシアターを必要とする声が可視化されたのです。そのアクションは音楽、演劇にも広がり、それを受けて国から文化芸術に対する緊急支援策が出されました。一つのムーブメントによって世の中の流れが大きく変わる可能性を目の当たりにしたんです。

しかし、「ミニシアター・エイド」はあくまでも緊急支援策です。長い目で見たときに、そもそもの映画業界の構造を変えなければ、危機的な状況を乗り越えられないのではないかと思いました。これについては、action4cinema共同代表の是枝監督も同じことを考えていたようです。

映画以外にも、コロナによってさまざまな問題が炙り出され、社会の意識が環境改善に向いているいまこそ動き出すべきだと考え、監督たちに声をかけはじめました。

映画と生活を両立するべく、労働環境と教育の整備を

──action4cinemaでは日本の映画界に必要な支援として、労働環境保全、教育支援、製作支援、流通支援という4つの項目を挙げています。具体的にどのような状態を目標とされていらっしゃるのでしょうか?

諏訪まずは「労働環境保全」についてお話しします。現状の日本ですと、早朝から夜遅くまで映画の撮影が続くことがあります。なかには、何十日も休みがない現場もある。

一方で、自分が何度も映画を撮影したフランスでは、撮影時間は1日8時間までと決められています。5日撮影したら1日は休まなければなりませんし、日曜日は安息日にあたるため基本は週休2日です。撮影が終わると家族のもとに帰って安らかな日曜日を過ごしている彼らを見て、健やかな生活を送りながら映画をつくれている事実に感嘆のため息が出ました。

諏訪監督がフランスで撮影した『ライオンは今夜死ぬ』(2017)予告編

諏訪フランスとまったく同じ制度にすることは難しいかもしれません。しかしまずは女性の働きやすさを含めた労働環境の適正化や、ハラスメント対策の支援など、できることから適正化を求めていきたいです。

──若い世代のあいだでも、労働環境に対する関心が高まっているのではないかと想像します。

諏訪東京藝術大学で指導をしていますが、その高まりを感じます。既存の労働環境の改善はもちろん、学生の段階からハラスメントに対する教育をすることも必要ですね。「日本映画大学」ではまず、教職員向けのハラスメント防止研修が実施されたと聞きました。

──スタッフの教育支援にもつながりますね。

諏訪そう思います。日本映画の一番の問題点はスタッフが足りていないことなんです。希望を持てない労働環境に、優秀なスタッフは集まってこない。ですから、まずは環境を整えたいですね。

また、教育のお話でいうと、観客の育成も必要だと考えています。フランスでは、小学生から19歳を対象とした教育プログラムでアンドレイ・タルコフスキーやジャン=リュック・ゴダールなど、芸術性の高い映画をどんどん見せたりしています。「子どもは理解できないだろうから」と諦めないどころか「ショックこそが芸術との出会いだ」という姿勢が徹底されていると感じました。

そのような教育もあって、フランスでは映画館に足を運ぶ観客が日本より多いと感じます。コミュニティシネマセンターの統計を見ても、日本人が年間で映画館を観る本数は1人1.3本程度なのに対し、フランスでは1人3本以上です。日本でも10年後の観客を育てる意識を持つことは重要です。

諏訪敦彦『風の電話』(2020)特報映像

映画の多様性は守らなければ壊れてしまう

──製作支援についてはいかがでしょう? action4cinemaの会見で使用された資料では、映画業界を支援する機関を持つ8か国と日本の状況が比較されていました。2019年の国別年間映画製作本数を見ると、日本は689本と、アメリカに次ぐ本数です。

諏訪多様性があるのは日本映画の良さだと思います。ここまでさまざまな映画がつくられている国は多くないでしょう。ただ気をつけなければならないのは、これだけの数の映画がつくられているのに対し、省庁による2019年の助成金が約80億円程度だということなんです。

たとえばフランスでは同年、300本の映画に対して410億円の支援がおりています。この単純な比較からも、日本の映画は、多くの場合人件費や製作費をかなり抑えてつくられていることがわかると思います。過酷な環境に耐えながら、なんとか映画をつくる状況が常態化してしまっているんです。

──支援額の大きさは、製作現場以外にも影響をおよぼしそうですね。

諏訪映画館にも同様の状況が起きていることを考えると、やはり流通支援も必要だと思います。

2021年の統計で、日本の総スクリーン数において、大手映画会社の直接の影響下にない独立的な映画館、すなわち「ミニシアター」の割合はわずか6%であることがわかりました。これら少数の劇場こそが、インディペンデントな映画や芸術性の高い映画の上映を担保してくれています。しかし、インディペンデントな作品は収益化が難しいことも想像できます。

──観客動員を見込める映画を上映したほうが映画館の収益になりますが、それでは多様な映画文化が発展しないのが問題ですね。

諏訪そうなんです。このことに対して、海外では具体的な対策がとられている。たとえば韓国のKOFIC(韓国映画振興委員会)という組織では、政治やジェンダーなど、考えるべきテーマを扱った映画や芸術性
の高い映画を「多様性映画」と位置づけて、公的に助成することを明言しています。

フランスにも「多様性映画」に指定された作品を上映すると、映画館にポイントがつき、ポイントに応じて助成を受けられるシステムがあります。このように、映画の多様性をシステマチックに守らなければ壊れてしまうことを理解したうえで、映画館をはじめとする流通の支援も考えていきたいですね。

敵対や分断ではなく、話し合いや熟考で道を拓きたい

──支援活動において「財源のつくり方」は大事なポイントになりますね。action4cinemaは参考にする機関として、フランスの映画共助システム「CNC(フランス国立映画映像センター)」の名前を挙げています。

諏訪世界各国の仕組みを見比べたときに、日本にもバラバラな助成を統括する、映画のための専門機関が必要だと考えました。ドイツにもイギリスにも、国ごとにさまざまな機関がありますが、フランスのCNCは非常によくできたシステムなんです。

──CNCは、劇場チケットや配信などのサービス収益から一部徴収された財源を、映像産業内で循環させています。企画から製作、配給、海外プロモーションやアーカイブ活動まで広く支援しているんですね。

諏訪CNCはチケットの9%の売り上げを徴収しています。日本でも、たとえ1%でも財源が確保できれば、そこから数十億の予算が捻出でき、映画に関わる仕事を金銭的に支援していくことが可能となります。こうした取り組みについて、まずは映画界のわれわれが主体となって行動をしていければと考えています。

劇場チケットなどのサービス収益から一部を財源として徴収したいというと「エンタメ映画が稼いだお金でインディペンデントな映画を支えてほしい」といっているように勘違いされてしまうかもしれません。しかし実際にCNCのシステムに習うことができれば、大きな成功を挙げた作品には、その分だけ利益を還元する仕組みができているんです。

私たちが目指すのは、メジャーとインディペンデントを分断するような構造ではありません。財源を確保することで、映画の多様性だけでなく、映画産業の持続可能性も担保したいと考えているんです。

──映画を愛するいちファンとして、何かできることはないだろうかと考えているのですが、その点についてはいかが思われますか?

諏訪そうですね……。何かを訴えたい気持ちがある人は、状況が良いほうに変わることを信じて意見を発信したり、友人同士で話したりしてほしいです。一人ひとりの意見によって社会のムードが変わり、映画業界や政策に変化をうながすことができるのだという実感は感じています。

しかし、何もできなくてもいいと思っています。たとえばいま辛い状況に置かれているのであれば、まずは自分を守ることが第一です。声を上げることで批判を受ける可能性もありますし、まずは自分を大切にしてほしいです。

──最後に、action4cinemaの今後の展望についてうかがえますでしょうか。

諏訪ぼくたちは誰かと戦いたくはないんです。勝つことを優先すれば、その後には廃墟しか残らない。より良い映画業界をつくっていくために、敵対ではなく、連帯して粘り強く話したり、考えたりしたい。そうして道を拓いていきたいです。

いま解決策を考えないと、やがて忘れ去られてしまう問題もあると思います。財源の確保や労働環境の保全など、数多ある課題を置き去りにせず、業界全体で考えていきたいです。

諏訪敦彦

映画監督。1960年広島県生まれ。1997年に『2/デュオ』でデビュー。最新作の『風の電話』(2020)に至るまで、数々の作品が「カンヌ国際映画祭」などの国際的な舞台で評価されてきた。現在は東京藝術大学大学院で教授を務めるほか、小中学生に映画制作を教えるワークショップ「こども映画教室」にも講師として参加している。

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