2021年10月30日に、第34回「東京国際映画祭」が開幕する。大きなトピックは、上映作品を選定するプログラミング・ディレクターに、映画プロデューサーの市山尚三氏が新しく就任したことだ。国内外の観客を楽しませるいっぽうで、さまざまな課題をも指摘されてきた同映画祭。同氏が作品選びを中心に改革をすることで、さらなる盛り上がりが期待されている。
市山氏は、台湾の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督や中国の賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督など、いまでは世界的な巨匠となったアジア映画の才能をいち早く発見し、作品のプロデュースなどでかかわってきた人物。1990年代にも東京国際映画祭に携わり、2000年に映画祭「東京フィルメックス」を立ち上げ、代表として辣腕を振るってきたほか、2020年には「ベルリン国際映画祭」エンカウンターズ部門の審査員も務めた。
そんな市山氏に東京国際映画祭の特徴や現在の課題、改革への具体策、そして日本映画の現状について語ってもらった。
取材・文:小野寺系 編集:森谷美穂(CINRA, Inc.)
アジア映画はヨーロッパからどう見られている?
──「東京国際映画祭(以下、TIFF)」は、世界や日本国内の映画祭と比べて、どのような位置にあるでしょうか。
市山:TIFFでは日本映画を含めたアジア各国、さらに世界各地の作品もバランス良く上映しています。アジア映画、ドキュメンタリー、女性映画などさまざまなジャンルに特化した映画祭が日本にはありますが、TIFFは全世界の、今年を代表する映画をニュートラルな姿勢で扱っている。そういう意味では、国内の映画祭としては唯一の存在です。
韓国は「釜山国際映画祭」、中国は「上海国際映画祭」など、それぞれに国を代表するアジアの映画祭がありますが、TIFFもまさにそういうタイプの映画祭です。

──市山さんは、1990年代のTIFFにも携わっています。その頃からこれまでのアジア映画の状況について教えてください。
市山:台湾の名匠、楊德昌(エドワード・ヤン)監督作品で、映画史に輝く『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(1991)は、じつは1991年のTIFFのワールド・プレミア(世界初上映)作品でした。本来なら世界三大映画祭(ベルリン・カンヌ・ヴェネチア)で扱って当然の傑作ですが、時期的に間に合っていたはずのヴェネチア国際映画祭が、この作品を招待しなかったようです。当時はまだ、アジア映画にヨーロッパの目があまり向いていませんでした。
市山:中国の陳凱歌(チェン・カイコー)監督が、『さらば、わが愛 / 覇王別姫』(1993)で、パルム・ドール(カンヌ国際映画祭最高賞)を華々しく獲ったことで、ようやくアジア映画全体の評価が高まってきました。
──90年代からアジアの映画が、ヨーロッパで本格的に受け入れられ始めたんですね。
市山:そう、ぼくがTIFFを担当していたときに、台湾の蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督作品『愛情萬歳』(1994)をぜひ上映したかったんですが、ヴェネチア国際映画祭のコンペティションにもっていかれてしまったんです。それまでの常識から考えれば、あそこまでエキセントリックな作品は、ヨーロッパでは見逃されていたはずなんですよ。
つまり、『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』から『愛情萬歳』までの短い期間に、ヨーロッパの映画祭がアジア映画を見る目が劇的に変わった。それ自体は良いことなのですが、そうなるとTIFFとしては相当厳しい状況になってきました。アジアの映画祭が、アジアの優れた作品をワールドプレミア上映できなくなってきたからです。
──その流れは、近年でも同じなのでしょうか。
市山:少し変わってきていると思います。2015年以降、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2015)、『スポットライト 世紀のスクープ』(2015)、『ノマドランド』(2020)など、ヴェネチア国際映画祭で上映された作品が、アメリカのアカデミー作品賞を受賞しています。その影響で、これまでヨーロッパの映画祭にあまり関心がなかったハリウッド映画も、受賞をねらって積極的に参加し始めました。その分、ヴェネチアで招待されてきたアジア映画の枠がまた小さくなっていると思います。
去年、黒沢清監督の『スパイの妻』(2020)がヴェネチア国際映画祭の銀獅子賞を受賞しましたが、アジア映画のコンペティション参加は例年に比べ少なくなっている印象です。今後はまた、アジアの映画祭が賑やかになると感じています。
映画祭の第一の役割は、人との出会いをつくること
──1996年より釜山国際映画祭が始まり、大きな存在となっていきました。
市山:釜山国際映画祭は、初期からヨーロッパで高い評価を得ています。映画を上映する以外に「人をたくさん呼ぶ」ことを計画的に行ったためです。韓国の大手配給会社が代わる代わる、連日パーティーを催して、ヨーロッパの主要な映画祭のプログラマーやセールス会社のキーパーソンを大勢招待した。するとアジアの各地から、作品を売り込むためにプロデューサーや監督が自費をかけてでもやってくるわけです。
ヨーロッパの人たちにとっても、釜山に行けばアジアの未知の才能に会える。相互的に利益があります。そういうわけで、「アジアの映画祭を訪れるファーストチョイスが釜山」という世界の映画関係者が多くなってきました。
ぼくはTIFFのラインナップが釜山国際映画祭に劣るとは思っていませんが、このような試みをあまりやってこなかったことで遅れをとったと思っています。2020年からはTIFFでも、是枝裕和監督らの企画のもと、アジアの映画監督と日本の俳優や映画監督とのトークセッションを行う「アジア交流ラウンジ」を、国際交流基金アジアセンターとの共催で始めました。今後もこうした場を意識的に強化していく必要があるでしょう。
──作品の上映以外に、映画祭は交流を促進し出会いを生み出す役割が重要だということですね。
市山:2000年頃から世界の映画祭では、交流を重視し始めています。ぼくも、ベルリン国際映画祭が映画製作者育成のためのプロジェクト「タレント・キャンパス」を始めたことに触発されて、同様の試みを東京フィルメックスで導入しました。
いまはインターネットを利用して、業界人にとって作品の視聴は容易になりました。カンヌやヴェネチアに足を運ばなくとも応募作品が見られます。では映画祭にわざわざ行く意味は何か。それはやはり、人に会って直接話せることだと思っています。
これまでのTIFFは東京のなかでも六本木エリアがメイン会場でしたが、日比谷・銀座エリアに会場を移動しました。同時期開催となる東京フィルメックスの会場が徒歩圏内にあるため、より相互に交流が生まれることを期待しています。
ただ、パンデミックにより今年は海外から人を集めることが難しい状況なので、その効力が発揮されるのは、おそらく入国制限が緩和されるだろう来年以降の話になります。
戦略より「作品本位」。TIFFの選定基準とは
──TIFFの作品選定は、どのような方針で行なっているのでしょうか。
市山:戦略的になり過ぎず、「作品本位」で選ぶことを重要視しています。今年は世界の国際映画祭で話題になった作品などを上映する「特別招待作品」部門を「ガラ・セレクション」部門と改称し、とくに大幅に変えました。
いままでは、すでに配給先が決まっている映画しか扱ってこなかったので、発表から1年遅れで作品が入る場合もあったんです。作家性が薄いと思われるエンタメ作品なども上映され、映画祭全体のコンセプトに混乱が生じていたように感じます。
今年は、基本的に今年の映画だけを厳選して扱いました。インド映画の『チュルリ』や香港映画『リンボ』など、日本の配給が決まってないものも積極的に上映します。
市山:さらにタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督など、世界の映画祭で大きな実績のある監督作品をはじめ、欧米の著名な監督作、ドニー・イェンとニコラス・ツェーのアクション映画『Raging Fire(英題)』など、ぼく個人の見方としても、バラエティーに富んでバランスの良いセレクションになったと思っています。

──コンペティションの選定はどうですか。
市山:実験的な作品を何本か入れています。難しい作品ばかりでは、受賞する映画の傾向が偏ってしまいますが、逆に難解なものをどんどん取り去っていっても、セレクションはつまらなくなってしまいます。思い切った試みがないと面白くない。ぼく自身、映画祭に対して感じていることです。
優れた映画祭のコンペティションの選定を見ていると、やはり難解な作品を入れていたり、巨匠の作品が選ばれているいっぽうで無名の新人監督の作品があったりなど、どこかで冒険をしているんですね。
例えば今回のコンペティションに選んだ『一人と四人』(2021)は、チベットの監督がメキシコで撮ったデビュー作。強い才能を感じメインのコンペティションに持ってきています。

アジア映画が競う場をつくり、日本の若手監督を育てたい
──これまでアジアと日本の新鋭監督の作品が「アジアの未来」と「日本映画スプラッシュ」部門に分かれていましたが、今年は1つの部門となりました。この決定に至ったのには、どんな背景があったのでしょうか。
市山:これまでは、日本の新鋭監督の作品は「日本映画スプラッシュ」、他のアジアの新鋭監督の作品は「アジアの未来」というように、新鋭監督の作品が2部門に分散していました。かつては蔦哲一朗監督の『祖谷物語 おくのひと』(2014)や、横浜聡子監督の『俳優 亀岡拓次』(2016)など、力のある作品が「アジアの未来」のなかに組み込まれていたこともあったのですが、ここ最近は日本の新鋭監督の作品は外国の映画と競うことなく、日本映画のなかだけで賞を競っていました。
市山:今回、「映画スプラッシュ」部門を廃止し、「アジアの未来」へ統合します。日本映画がほかのアジア諸国の映画と同列に扱われ、真っ向から比較されることで、最終的に日本の新しい才能のレベルアップにつながると考えています。これは私が、東京フィルメックスで同様の取り組みを行なっていたときも強く感じていたことです。
──日本の自主映画の現状について、市山さんはどのような印象を持たれているのでしょうか。
市山:個性的な作品があるいっぽう、メジャー作品の縮小的なコピーにしか見えない応募作も多いと感じています。メジャー作品の場合、出資元であるテレビ局や配給会社の意見を取り入れる必要があることも多いですが、そういったしがらみのない自主映画は、もっと思い切ったことをやるべきじゃないか。もしかしたら海外の映画祭も同じことを、日本からの応募作に感じているかもしれません。
成功している例では、世界の映画祭で立て続けに受賞している、春本雄二郎監督の『由宇子の天秤』(2020)があります。この映画は上映時間が2時間半もあり、劇中で音楽も使っていません。最近の日本映画にはない大胆な作り方です。
もちろん、音楽なしで2時間半の映画を飽きずに見てもらうのは難しいことです。しかし『由宇子の天秤』は、完璧に構成された脚本と強烈な演出力に支えられ、見ていて長さを感じさせません。その結果、海外での評価にとどまらず日本でも予想を超えた興行成績をあげています。
市山:興行のことを考えて、守りの姿勢になるのは理解できます。しかし自主映画を撮っている人たちは、思い切ったものを目指した方がいいんじゃないか。そういう作品が増えてくると、日本映画に対する海外の見方も変わってくると思うんです。
──最後に、今後のTIFFの目標を教えてください。
市山:今後の課題は、どれだけの人を呼び、出会いをつくれるか。映画関係者の交流の場があることは、新しい映画が生まれる可能性にもつながります。TIFFが世界やアジアの映画、日本の映画の未来をより明るいものにできるかは、そこにかかっていると考えています。
市山尚三(いちやま しょうぞう)
映画プロデューサー。ホウ・シャオシェン監督やジャ・ジャンクー監督など、アジアの巨匠の作品を手がけてきた。2000年に国際映画祭「東京フィルメックス」を立ち上げ、2020年までディレクターを務める。2021年に「東京国際映画祭」プログラミング・ディレクターに就任。